秘坂「‥コイツら大丈夫か?」
主君「七十二番の奴も相当参ってるな」
秘坂「そりゃそーなるわな‥」
主君「んー。確かに数年ぶりに書いてくれた話がコレって結構キッツイか‥」
秘坂「お前も覚悟しといた方がいいんじゃね?」
主君「‥まだ俺の話しはなんも考えついてないらしいからセーフセーフ」
リハビリお話4
俺も船頭も、他の奴らも一瞬時が止まったかのように全員ピクリとも動けなくなっちまっていた。
う、嘘だろ..おい..?
「さ..桜井..?」
呼びかけた声が震えていた。
今度こそ本当に頭が真っ白になっちまって、その場に立ち尽くすしか出来ないでいる。
俺..、俺はなにをやってるんだ..?
「おいっ!しっかりしろぉ!!二十四番ッ!!!」
「せ、船頭..」
アイツは、なんの迷いもなく桜井が横たわっているベッドに飛び乗り、自分の片耳を桜井の心臓がある場所に引っつけては「..ヤバい!!」と声にする。
「心停止してやがるッ..!!このままじゃホントに逝っちまうぞ!?」
奴も血の気が引いているのか、顔が青くなっていた。かく言う俺も同じ状態なんだろう..
立ち尽くす俺とは真逆に、船頭は桜井の頭の後ろに枕を置いてはクイと顎を軽くあげて気道確保し始めた。
そして俺が気づいた時には、思いっきり息を桜井の中に二回送り込んだあと、桜井の心臓部分に重ねた両手を置き奴は必死な顔して心臓マッサージをしていた。
俺….なにやってんだ..?
「一、二、三、四、五、六、七、八、」
数を数えながらも無我夢中で心臓マッサージを行う船頭。顔には大粒の汗が流れ、その目はさっきまでとは打って変わっていつものあの目に戻っていた。
桜井を救おうと..アイツは..こんな俺たち罪人なんかの為に..アイツは….
「おいっ!なに全員ボサっとしてるんだよ!?なんでもいいからコイツに呼びかけろッ!!」
「..は、はいっ」
船頭の大声で、他の船頭たちは慌てて桜井に対して必死に声がけをしている。
それから三十まで数えた船頭は、もう一度桜井に人工呼吸を施しては再び心臓マッサージを始める。その繰り返し。
「一、二、三、四、、」
「二十四番さん!!起きて下さい!」
「死んじゃダメですよ!二十四番さん!!」
「何やってんすか!?寝てる場合じゃないですよ!目を開けて下さいよッ!!」
俺は….
「桜井….嘘だよな..?」
「二十八、二十九、三十っ..!」
数え終わったかと思いきや、フゥーーッ、フゥーーッと二回息を吹き込む船頭。
また始める心臓マッサージ。
一秒もムダにしない船頭の対応力。
それなのに俺は..
大事な相棒に何もしてやれてない..
「..くっそ!おい、起きろ二十四番!!」
その言葉に何も反応してくれない桜井。
「お願いだからっ..まだ逝くには三年早すぎるぞオイッ!?」
船頭..
「こんな形でお前を逝かせて溜まるかってんだよッ..!!」
うるさいくらい桜井のことを呼びかける船頭たち。
また人工呼吸する為、二回息を送り込む船頭。
その船頭の目尻には、確かにうっすらと濡れているように見えた。
いや….違う。これは..
俺はただただ、目を疑うことしか出来ないでいた。
それは、この場にいる船頭以外の奴ら全員に言えることだろう。
「お前はこんなとこで終わるような悪人じゃねぇだろッ!?なに先に勝手に逝こうとしてんだよ!?俺たち三人は同じ時に死ぬんじゃねぇのかよオイッ!!」
心臓を押し付ける独特な音が耳にこびり付く。
その数秒後、また頭がクラっと目眩を起こし始めてしまっていた。
くっそ..、こんな時にまで体調不良かよ..!勘弁してくれ!
一瞬、足をフラつかせた俺に気づいた三番が「大丈夫っすか!?」とビックリしながら俺の体を支えてくれたお陰で、なんとか倒れずに済んだ。
「すまねぇ..」と呟き、体勢を立て直してみるもやはり体のダルさが続いていやがる。早く治ってくれ..っ。
心配そうに覗き込んでくれる三番だが、何も言うことなく俺を見守ってくれているようだ。情けねぇな、俺..。けど、その支えが今は有難く思えた。
「桜井..船頭の言う通りだぞ..っ。なに先に逝こうとしてんだよテメェ!!戻ってこねぇとその体、ズタボロになるまでぶっ刺すぞ!?」
だが反応はしない桜井。
一度手を止めて心臓の音を確認する船頭だが、まだダメなようで「クソっ..!」と声を漏らす。
もう一度人工呼吸をし終えれば、手を休めることなく次は心臓マッサージ。これで何度目だ?本当にこれで桜井は助かるのか?
もし本当に桜井が死んじまったら..?
一度は俺だって蘇ったこの命。ただ今回は悪魔に頼れるはずもなく、まるで二度目はないと思えと言われてるようだった。そりゃそうか..こんなに軽々しく命を何度も取り戻してたらキリがねぇしな..
ただな、桜井..。船頭がお前の為にここまで必死になってるんだぞ..
早く目を開けてやってくれよ..。お前に今のその船頭のツラ、どれっだけ見せてぇか分かってんのかよクソッタレが..
「クソっ..クソぉっ!!」
なぁ、船頭..。もし仮に桜井がこのまま生き返らなくても、俺も桜井もお前を怨んだりしねぇよ、絶対に..
俺にはそう言いきれる自信があった。
なぜなら….
「おい!こんなとこで終わるのかよ、二十四番ッ!?ハァっ..はァッ..!クッソォオオオっ!!
いい加減戻って来い、〝桜井〟ッ!!!!」
汗に混じり、その頬には俺たちに隠すこともなく涙を流す船頭の姿。
がむしゃらになりながら、アイツは桜井の本来の名前を恥ずかしげもなくただ必死に呼びかけていた。
「….。」
その時..トクン、と小さいながらも心臓の鼓動がどこからか聞こえた気がした。
….戻ってきたのか?桜井..
「..あっ!坂崎さん!今僅かに二十四番さんの指先が動きましたよ!?」
「..ハァっ、ハァ..!本当かっ..?」
二番の言うことを信じ、マッサージをしていた手を止めてはこれが最後だと言わんばかりに桜井の心臓部分に耳を置いてみせると、奴はやっとホッとした表情を浮かべてみせた。
その表情を見ていた俺たちも、ようやく一安心することが出来た。
….良かった、ホントに..良かった..
「ハァ..、ふぅーっ..!….間に合ったぁ..」
「..船頭」
一気に体の力が抜けちまっていた船頭は、その場でドサッと腰を落として一旦休憩と言わんばかりの顔をしていやがる。
汗と涙で濡れている顔面を、袖でグイと拭いている船頭。俺は何も言わずに近くに置いてあったタオルをアイツに投げつけてみせると、それを上手くキャッチする船頭。
「..ありがとよ、七十二番」
「いや、礼を言うのは俺の方だ」
「….別に当たり前のことをしただけだ。例えこの立場が七十二番と二十四番が逆だったとしても、俺は同じことをやってたよ」
「そう、か..」
「つーかまだ安心してる場合じゃねーからな?心臓動いたはいいが、二十四番はまだ危険な状態なのには変わりない」
「分かってる。俺が水汲みに行ってくるよ。だから船頭、桜井のこと見ててくれ」
「あぁ」
タオルで顔を拭っていた船頭を置いて、今度は俺はがペットボトルを持ってこの家から出ようとドアノブに手をかけた時だった。
なぜかドアノブが独りでに動き出したかと思うと、勝手に扉が開いたので「え?」と疑問に感じたが、その疑問はすぐに消え失せることになる。
「なっ..!?」
「….。」
向こうさんも、目の前に俺が立っていることにほんの僅かにだが目を見開いては驚いているようにも見えたのは気のせいじゃないはずだ。
中に居る船頭たちも、全員が「えっ!?」と思わず声をあげてしまっている相手。それは….
「アスモデウス….」
「….。邪魔だ、どけ」
「な、なんでテメェがここにっ..!」
「どけと言っているだろ」
「くっ..」
悪魔に逆らっても仕方がないので、渋々体をどかしてみせるとアスモデウスは無言で俺たちの家に入り込んできやがった。..胸くそ悪ぃ。しかもアスモデウスとなれば、七つの大罪の中でも桜井が一番に嫌っている悪魔じゃねぇか。
つーかなんなんだよ今更?桜井の苦しむ姿を見にでも来たんか?あ?
アスモデウスの使者である六番は、中に入ってきたアイツに慌てて跪いてみせるも奴は六番の隣を素通りしていくだけ。その行動に拍子抜けしていた六番だったが、顔を上げて自分の主様が向かう方向へと視線を追っているのが窺えた。
奴がベッドの傍まで歩み寄ると、船頭も少し慌てている様子だった。まさかマモンではなく、アスモデウスが来るとはこの場の全員誰も予想だにしてなかったんだろう。
「あ、アスモデウス様..なぜ貴方がここにっ..?」
「マモンの奴に頼まれてな」
「えっ?マモン様がっ..?な、なぜ?」
「….。坂崎、お前の顔を見てこの罪人を救うか救わないかを決めるつもりでいた」
「俺の..顔?」
キョトンとしてアスモデウスを見つめている船頭だが….アイツ、もしかしてさっきまでの自分の顔つきに気づいてなかったんか?
チラッと俺の方へと視線を流してくるから、俺も若干ため息をつきながら自分の目を指差してみせた。
すると、みるみるうちにサアァ..と顔を青くする船頭。やっと気づいたか、バカ野郎。
「お、俺..まさかっ..」
「全く..我ら悪魔に楯突くとはなぁ。貴様ほどの愚かな使者、今まで見たこともないぞ」
「も..申し訳ありません!!俺っ..!」
「我に謝られても困る。貴様の主はマモンであろう、愚か者め」
「は、はい..」
誰がどう見ても今の桜井と全く同じ顔色をしていやがる船頭のツラ。つーかアイツ、このアスモデウスの口ぶりからするとあのバカはマモンに歯向かったのか?マジかよあの男。周りにいる船頭の仲間たちも、驚愕しっ放しみたいだなこりゃあ。
俺ら罪人ならまだしも、忠誠を誓ってる相手は恐ろしい悪魔だぞ?….まさかとは思うが、船頭に対して罰があるとか言わねぇよな..マモンの野郎。
流石にそうなっちまったら、俺は船頭を庇うつもりでいる。寧ろその罰は俺が受け入れてもいい。
それ程俺は今の船頭に感謝しているからだ。
「..で、今の船頭のツラ見てお前は桜井を救うのか?救わねーのか?」
俺の問いに数秒だけ間を作るアスモデウス。
「….。そこをどけ、坂崎」
「は、はい!」
命令されてしまえば、ベッドから慌てて下りるしかない船頭。アスモデウスは桜井を救ってくれるらしい。
俺の隣にとぼとぼとやって来た船頭は、かなり落ち込んだツラしてやがった。….俺としちゃ船頭のあのツラ、案外好きだったぜ。
なぜなら、お前は桜井の為に怒りを解き放ってくれていたからだ..。俺は正直、それだけで十分なくらいお前の気持ちを受け取ったと言っても過言じゃない。
こんな罪を犯した俺たちなんかの為に….
横にいる船頭に、俺は自然といつもとは違う視線を向けていた。
ありがとう、船頭さんよ..
優しく微笑む俺なんかに気づくはずのない船頭であったが、周りにいた仲間たちは多分気づいている。えっ?という、そんな視線をひしひしと感じ取れたからだ。
そんなことよりだな..
アスモデウスの奴がベッドで力なく横たわっている桜井の体に手をかざしたと思うと、奴は何かブツブツと呪文を唱え始めたので、今度は全員そっちに視線が集まっていく。
するとどうだろうか..。桜井の体からは、今までアイツを蝕んでいたものがユラりゆらりと浮き上がってきては、ソレがアスモデウスの手の中へと収まっていき、まるで奴がソレを浄化しているようにも見えた。
(….致死量を遥かに超えている。よく今の今まで生きておれたな、この罪人)
ほんの数秒の出来事だった。
アスモデウスが桜井の体にかざしていた手を離してみせると、奴は自分の掌を見つめながら何か考え込んでいるようにも見えたが..俺の気のせいか?
そして奴は何事もなかったかのように、体の向きを変えてここから出ようとしていたので咄嗟に「おい」と引き止めてしまった。
「..なにか用か?」
「….今回ばかりはアンタに礼を言う。桜井を救ってくれて感謝してる」
「お、おい..!七十二番..」
船頭が驚くのもムリはない。この俺が悪魔に向かって頭を下げりゃ、ビックリするはずだしよ。
「アンタに命令されりゃ、跪いたっていいし何なら土下座だってする」
「….目覚めが悪いだけだ。顔を上げろ」
「いいのかよ?おめーの嫌いな罪人を好きにするチャンスなんだぜ?」
「我ではなく、外にいるマモンにでも跪けばよかろう。アイツなら喜ぶぞ」
「..はっ。俺はアイツが一番嫌いだもんでねぇ、アイツの前でこんな姿見せる訳ねーだろバーカ」
「そうか..。それはマモンも残念がるだろうな」
ふんっ、と鼻で笑ってくるアスモデウス。ムカつくがいつも程ではなかった。それは奴が桜井を救ってくれたからなのは言うまでもない。
奴が横を通り過ぎようとした時、アスモデウスは船頭に向かってボソッと呟いていた言葉が俺にも聞こえてきちまった。
「サタンがお前のその怒りを褒めたたえておったぞ。..愚か者にもほどがある、とな」
「..っ。そう、ですか」
それだけを言い残し、アスモデウスはここから出て行こうとしているその後ろ姿..
開いたドアの外側には、俺の一番嫌いな悪魔が薄ら笑いを浮かべながら立っていたのが見えた。
「マモン様..」
そう船頭が主の名を呟いたが、船頭は跪くでもなく追いかけるでもなくただ突っ立っているだけ。
そうしている内にドアは静かに閉まり、この家の中はシン..と静まり返るだけだった。
….そうだ、桜井。
ドアの方に向けていた体を再びベッドへと向き直しては桜井が寝ている隣までやってくると、桜井は穏やかな顔して眠りについていた。
..やっとこれでちゃんと安心できたってわけか。
苦しそうに顔を歪ませた表情とはうって変わり、今じゃ穏やかな顔して寝ていやがる。さっきまでの出来事がまるで嘘だったかのように、この場所は静けさを取り戻していた。
「よく頑張ったな、桜井..。ゆっくり休んでてくれ」
お前の嫌いな奴らに救われたのを知った時、この男はどんな反応をするだろうか。今はそれが楽しみで仕方なかった。
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