夏休み明け
今日から私と幸二、それと高見沢くんが取った講義へと行く日なので私たちは今ちょうど大学で待ち合わせて集合したところ。
私は大学からすぐ近くに住んでるから余裕で二人より早くに着いてしまった。でも外で待つには暑いので講義がある棟の建物のエントランス辺りで少し待機し、幸二に「着いたよー」というメッセージを一言だけ送るとその後はスマホ眺めながら二人を待つだけ。まだ講義の時間まで時間はあるので、そこにあった柱にもたれ掛かりながら待っていると下の学年の子たちであろう女の子たちが私を見てはコソコソとキャッキャしてくれている。嬉しいねぇ。
敢えて気づかないフリをしてそのまま柱にもたれ掛かっていると、目の前が急にフッと暗くなり影が出来たので「幸二か高見沢くんかな?」なんて思っていたら、聞き慣れない声で「桜井さんじゃーん」と私の名前を呼ぶ。え?誰?
パッと顔をあげてみせればそこにいるのは…うちの学年でとても人気のあるイケメン男子。確かクォーターかなんかで外人さんの血が混じってるから余計に格好いいって一年の頃からもっぱら噂になっていたから私でも知ってる人だけど、マトモに話したことなんてほとんどないのに急になんだろう…
「えっ?お、おはよう…?」
「おはよー。夏休み中元気してたー?」
「う、うん、してたけど…急にどうしたの?」
「なんで桜井さんが大学来てんのかな〜と思って。これからゼミかなんか?」
「うぅん、講義取ってるから今から受けに行くの」
「あれ?単位取れてない感じ?」
「違うよー。ちょっと興味がある授業だったから受けてみたくて。単位はもう全然余裕あるから心配しなくてもいいよ」
「そっか、そういうことねー。…あっ」
「あっ!」
相手が気づいたその視線の先には幸二と高見沢くんの二人がいたようで、それに気づいた私も二人に向かって手を振ってみせれば二人も同時に振り返してくれる。こちらに近づいてきた二人を見やる相手は「彼氏さんのお出ましかぁ〜」なんて、私にしか聞こえない程度の声で呟くのが聞こえてくるけど…一体なんの為に私に話しかけにきたんだろうね?
隣までやって来た幸二と高見沢くんだけど、幸二は相変わらず人見知りが発動してるせいか全然喋らなくなっちゃってるし、イケメン陽キャが一人この場に増えたせいで逃げたそうな態度をしているのが丸分かり。一方高見沢くんは目を細めて「なーんでオメーが桜音と一緒にいるんだ?」と喧嘩腰の喋り方をしているも、相手は特に気にしてないようでただにこやかに「この大学の人気者に声をかけてただけだよ」とサラリと答える。
「高見沢くんと仲良かったっけ?」
「別に仲良かねーよ。所属してるサークルもちげーしコイツだってかなり女食ってきてるのは有名だろ」
「そ、そうなの?」
私が相手の顔を見てそんなことを聞いてしまったが、向こうは「そんなことありませんよ〜」なんて言いながらチョけてるだけ。
「だから行くぞ桜音。こんなとこでウダウダしてたら講義始まっちまうだろーが」
「う、うんそうだね。じゃあ…行くね?」
「もう行っちゃうの?せっかく会えたのに〜。あ、じゃあ次会ったら連絡先かインスタ教えてよー」
「あははは〜…」
誤魔化し笑いをしながら相手の言ってきた言葉をスルーして、高見沢くんに腕を取られてしまえば私たち三人はここからシレッと立ち去る。幸二も一応相手にペコッとだけ頭下げてから私の横に立って歩いたけど、未だに口数少ないのはまだ変に緊張してるせいなのかなぁ?
そう考えていると高見沢くんがようやく手を離してくれて「桜音お前、アイツになに言われた?」と目を訝しめながら何を疑ってるかは知らないけれど、君が思うようなことなんて何もなかったんだけどね?
「特になんにもなかったよ〜?ただなんで大学来てるのー?って聞かれただけだよ」
「ホントにそれだけかー?」
「うん、それだけだよ。そしたら君たちがやって来たとこだったんだもん」
「そ、そっか…。なら良かった…」
ホッと一言そう漏らしたのは幸二の方。二人きりで話してたせいで不安にさせちゃってたかな?
「大丈夫だよ幸二。本当に彼とはなんにもないから。そもそもマトモに喋ったことないし」
「でもコイツとの出会いもそんな感じだったんでしょ…?」
幸二が私の隣にいる高見沢くんを親指でさしているけど、指さされてる本人なんにも気にしていなさそう。
「それはそうだけどぉ〜…。けど、向こうだって今彼女がいるかもだしたまたま私がそこにいたから話しかけに来てくれただけだってばきっと…!気にしちゃダメだよっ」
「う、うん…」
幸二のネガティブが発動しそうだったので慌ててフォローをするけれど、高見沢くんが「ぜってー桜音狙ってやって来てるだろアイツ」とかなんとか言うせいで幸二の顔が若干引き攣る。
だからまた私が高見沢くんの背中を軽くバシッと叩けば「いってーなぁ!?」と怒ってくるけど、幸二の前でそんなこと言わないでよもう!
「幸二が不安になることは言わないでってば!」
「あーはいはい、分かりましたぁ〜」
「もぉー…」
講堂まで来れば、好きな席に座ればいいだけなのでまだ空いてる席に三人で座る。少しの間だけ先生が来るのを待っていれば、数分後には先生がやって来て講義の開始。
幸二の様子はというと…楽しみにしていたという雰囲気よりは、さっきの出来事のせいでやっぱりちょっといつもより口数少ないような気がする…。この夏休み中ずっと彼といたせいか、彼と喋っている時間のが長かったから逆にここまで大人しいとこっちがソワソワしてしまう。久しぶりの大学ということもあるし、新しい見慣れない人たちばかりのせいで少し人見知りが出ているのか、それともさっきの出来事のせいなのかが判別つかない…。高見沢くんは先生の話し聞いてるのか聞いてないのかよく分からない態度してるけども。
最悪私たち三人は単位は足りてるのでこの講義の単位が貰えようが貰えなかろうと、一応卒業までの安全圏にはいるのでどちらでもいいと言えばいいんだけどね?とは言え講義取ったからには頑張るつもりではいるよもちろん。私はね。
でもなんだか不思議な感じだなぁー…。二人は前期同じ講義取ってて、幸二と高見沢くんの出会いといえばその講義からだもんね。二人は同じ講義に出るのには慣れてるだろうけど、私だけが初めてだからなんだか不思議な気持ち。両端に二人が座って授業受けてるとか…なんだかちょっぴり面白い。
私一人だけがワクワクしてるのかは知らないけど、こういう新鮮な気持ちって大事にしていきたいなーなんて思ってしまった。
。
。
。
講義がそろそろ終わりそうな時間だ。
だけど俺は最初から最後まで全然集中出来ていないのが自分でも丸分かり…。桜音さんが今朝あんなイケメンと二人きりで話し込んでいるのを目にしてしまえば、自分の中の負の部分が渦巻いてきてしまい中々貴方の目を直視出来なくなってしまっているというのに…。はぁーー…もうホント俺情けねー…
なんだっけな…アイツって確かクォーターかなんかだっけ?噂で聞いたことがある程度だけど、超モテ男なのだけは俺も知っている。分かる、分かるよ?言い逃れ出来ないレベルのイケメンだもん、あの男は。彫りが深くて鼻は高いし、目の色は日本人の色とは少し違う色もしているのはさっきあれだけ近くで初めて奴を見たから気づけたもので…。端正な顔立ちで背も高くて容姿に関しては非の打ち所がないと言っていいほど格好いい。
そんな男が桜音さんと並んでいるだけでなんだかサマになりすぎてて嫌気が差すし、心の中では相変わらず口汚く罵っているだけで一言もそれを口に出せる勇気なんてない。ていうかそんなの口にしたらあの男に群がっている女子たちからガチでフルボッコにされそうな気しかない。タダでさえ俺は桜音さんという、女子たちから大人気の人と付き合っているんだからさ…変な気起こせばその人たちにすらボッコボコにされそうなんだもん。高見沢のお陰で俺と桜音さんが付き合っているのは許されている雰囲気にはなっているものの、俺が一つ間違えればきっと女子たちは全勢力をあげて殺しにかかってきそうだし?
さっきの光景を思い出しては桜音さんに気づかれない程度に鼻でため息をつき、ようやく終わりを告げるチャイムが鳴ったのでそこで講義は終了。なので俺たちはこのまま帰る予定…だったんだけど、桜音さんが部室に寄りたいから先に行っててもいいとのこと。なので俺と高見沢だけで建物の出入口へと向かう。
「坂崎おめー、講義の内容入ってたか?」
そう高見沢に聞かれたので「一応ね」とだけ答える。
「なんでそんなこと聞く?」
「だってよぉ…ずっとお前ため息ついてたじゃん?」
マジか…。またコイツだけには気づかれていたのか。なんかヤダわ。別にお前と以心伝心とかにはなりたくねぇっつーの。
「はァ…」
「朝のことはあんま気にすんな坂崎。アイツも俺らと同じでかなりヤリチンで有名だけど、俺らは自分から女にがっつくがアイツは女の方から群がってくるタイプだからいけすかねぇんだよな〜。見ててムカつくし」
「んまぁ、気持ちは分かる。死んで欲しいもん」
「ウケる。それ女たちの前で言うなよ?お前が殺されっからな」
「でしょうね」
取り敢えずここで桜音さんを待ってようと思い、二人して空いていた椅子に座ったけどやはり俺の心は穏やかではない。
「なんでい坂崎、ああいう奴に寝取られた方がお前は興奮するんじゃねーの?」
「する訳ねーだろ…、あんなイケメンの相手なんてさせたら桜音さん本気で落ちて俺なんかに目も向けなくなるって絶対…」
「女慣れしてるし話上手いしハッキリしてて決断も早そうでセックスも上手そうだもんな〜〜。坂崎が勝てる要素どこ?」
「うるせぇな…。俺の傷を抉って楽しいか?あ?」
「豆柴おちょくるの楽しいからしょーがないね。やっぱ大学来て坂崎のことイジると俺も本調子になるからクッソ楽しい」
「お前が死ねよもう」
「なーんでそんなヒドイこと言うのぉ」
あーー気持ちわりぃ、死んでくれ。
なんかもうコイツと会話してるのがアホらしくなってきて無視しようかとしたのだが、高見沢は肘付きながら言葉を続けていく。
「まーでもマジで気にすんなよ坂崎。桜音が浮気するような奴だと思うか?」
「俺が変に寝取られ性癖持ちだからおかしな考え方されたら俺詰む…。別に俺桜音さんを本気で誰かに取られたいとか思ってないし…」
「弊害出てて草。そんなメンタルなら寝取られ性癖やめろよな」
「そうしたらお前は桜音さんと寝れなくなるけどいいのか?」
「そりゃー坂崎が嫌だっつったらやめるよ?俺の一番の気持ちは桜音と坂崎がこのまま別れず幸せになってくれりゃあそれでいいって考えだもんでそこに俺が口出しするのはおかしいじゃん?それにお前らに別れて欲しくねーし」
「…そうか」
コイツだけはいつだって真っ直ぐでウザいくらいの直球すぎる言葉を俺たちに残してくれる。それにどれだけ救われてきたことか。
すると俺の後ろから女の人の声が急に聞こえてきたかと思うと「あれ、タカミーくーんこんな所でなにしてんのー?」なんていう言葉が聞こえてきたかと思えば高見沢も相手に気づいて「んだよ」と素っ気なく返す。
「久しぶりなのにその態度ひどーい」
「うっせーなぁ、失せろ」
「なんでそんな冷たいのー!今度またデートしよーよ」
「アレはデートじゃねぇッ」
なんの会話だよホント……うざ。
気が滅入りそうな二人の会話を間に挟まれながら聞いては縮こまっていると、急に俺の隣にこの人が座ってきて「あ、こんにちは〜」と笑顔で挨拶してくれる。…ので、しどろもどろしながら「こ、こんにちは…」としか返せなかった。
「坂崎くんでしょ?噂の桜音ちゃんの彼氏さんだよね?」
「あ、は、はい…」
「私も前のライブ見に行ったんだよー!タカミーくん目当てで見に行ったけど坂崎くんもギターも凄くて歌もあんなに歌えるなんて凄くビックリしてめちゃくちゃ印象に残ってるんだよね〜!」
「それは…どうもです…」
直接こうして褒められ慣れてないからもうここから逃げ出したい気分だ。
少し派手めな髪色で、メイクも濃くて爪ももちろん派手。声も大きいし服装もセクシー寄りな服だから高見沢たちみたいな男どもが如何にも好きそうな見た目をしている。陰キャな俺からしたら近寄り難い存在の彼女だが、こういう派手な見た目をしていれば陰キャ避けにはなるからそれはそれでこの人たちにとってはいいのだろう…
俺にとっても苦手なタイプなので話しかけに行こうとも思わないから今すっげー逃げたい。どういう訳か三人で話すことになっちまってるが、高見沢なんとかしてくれよマジで。どーせお前が狙ってヤった女なんだろ絶対。
「あれ、桜音ちゃんは?」
「桜音は部室行った」
「ふーん。ていうか二人ってなんでいきなりそんな仲良しになってんの?今まで関わり合いなかったでしょ?」
「別にいーだろ。俺たち親友なんだし」
「親友な訳あるか…」
ボソッと俺が静かにツッコむと、この人はアハハハー!と大きく笑って手を叩きながら爆笑している。そんな面白い要素あったか…?
「坂崎くんおもしろーい!そのツッコミウケる!」
「そうですか…」
「いっつもこんな感じなのー?いいねー、坂崎くんと飲みに行きたーい!」
なんでそうなる……
「坂崎ドン引きしてっからやめろ。コイツがお前みたいな女に慣れてるワケねーから飲みに行けると思うかっ?」
「えー?別によくなーい?私誰とでも喋れるから全然行けるよ〜?」
「けっ。飲んで酔った勢いに任せて坂崎食うつもりなんだろ?」
「そんなことしないよぉ〜!だってあの桜音ちゃんの彼氏さんなんだよー?」
「つーか坂崎は飲みの席でも滅多に飲まねーから雰囲気盛り上がるとか多分ないからお前にゃムリだと思うぜ。だからもうサッサと失せろ」
「それよりもさー、タカミーくんがなんであんなに桜音ちゃんと仲良いのー?」
「人の話し聞けや」
話題がコロコロ変わっていく彼女に対して高見沢も半分呆れたような顔してツッコんでいるこの光景は一体なんなんだろうか。変だろコレ。
「夏休み前からずーっと桜音ちゃんにばっか構っててウチに構ってくれないの寂しい〜」
「他の奴に相手して貰えや…」
「しかもタカミーくんサークル辞めたらしいじゃん?どういう風の吹き回し?」
「卒業前だから色々やりたいこともあっから辞めただけ。別にあんなサークル辞めようが辞めなくてもどーだっていいだろ」
「確かにね〜」
高見沢があのヤリサー抜けたこと、この人ももう知ってるんだ…。噂が広まっていくスピードに少し恐ろしさも感じてしまった瞬間でもある。
「それとさぁ、あのヤリサーに入ってた女子がなんかとんでもない問題起こしたらしいってマジなの?」
「…!」
俺も高見沢もピクっと反応をしては互いの目を一瞬だけ合わせたが、高見沢は俺に対して「お前はなにも喋らなくていい」とでも言いたげな目を向けたような気がしたので俺は引き続きそのまま黙り込む。
「マジだぜ」
「タカミーくんが辞めたのってその子と関係あるの?」
鋭い質問をしてきた彼女に高見沢はすかさず「ねーよ」とだけ答える。
「じゃあたまたま?」
「あぁ、ただの偶然。あの女が辞める前から俺ももう辞めようって思ってたからな」
「そっかー」
偶然…とは言わないが、高見沢が辞めたいと思っちまうようになった原因の一つでもあるからなあのクソ女は。それにしてもこの夏休みの間であの事件の噂はどこまで広まっていってるのだろうか。桜音さんファンの人たちが凄く頑張ってくれたお陰で桜音さんを襲ったクズ野郎たちにも制裁が見事に下ったし、その話は当然うちの大学にも広がっていくのは覚悟していたが夏休み明け一発目でこの話題に触れるとは思わなかった。
それだけこの大学では桜音さんという存在の影響がデカいのだろう。
「なんか桜音ちゃんが関わってるみたいな話も聞いたんだけど、それもホントなのー?」
根掘り葉掘り聞いてこようとしてくる彼女が今度は俺の方に顔を向けて聞いてくるので、一瞬どう答えるべきか困惑している俺に対して高見沢が「ンなもん坂崎に聞くな」と言ってくれたので有難い。
「あ、そうだよね、変なこと聞いてごめんねー坂崎くん」
「う、うん…。大丈夫ですよ…はい」
「もしかして怒ってる?」
「えっ?いや別に怒ってはないけど…答えに困るなぁと思って…、すみません…」
「えー?坂崎くんが謝らなくてもいいんだよー?ウチが変なこと聞いちゃったのが悪いんだし。なんかごめんね?」
「あ、大丈夫です…はい」
「ホントに?別にウチ噂確かめる為に話しかけたワケじゃないからねっ?」
こうやってすぐ素直に謝ってくるところは凄いなとは思う。高見沢もそうだけど、見た目派手めなタイプの人たちって案外素直な人が多いんだよなぁ…ってそこで気づく。付き合っていけば悪い人らじゃないのはもう俺も分かっているから、この人も案外いい人だったりするのかも…?
そう思うとほーーんの少しだけだけど、心が開きかけたような気もする。派手な見た目だけで判断してはいけないと俺は高見沢たちで散々学んでいるじゃないか。
「あの…ホント俺も気にしてませんから。なのでそんな謝らないで下さい」
「ウザくてごめんね〜、もうホントやだウチったら〜」
また笑っている彼女だけど、これくらい明るいと人生楽しそうだよなぁ。羨ましい。陽キャと言われてる人種は俺とは程遠すぎて、どうにももどかしいし煩わしいし、羨ましくもある。
「…初めて喋りましたけど、明るくてとっても楽しい人なんですね。確かにお酒の席に一緒にいたらきっと盛り上がって楽しそうだなとは思いますよ」
「えっ、マジー?だったら飲みに行かね?」
俺が初対面の相手にここまでハッキリとした態度で話すことの方が珍しいので、高見沢が驚いているような雰囲気が出ているのは分かるけど、俺はあんまり高見沢のことは気にせずこの人と話しを進めていく。
「でもごめんなさい。俺には桜音さんがいるので貴方とは飲みに行けません。桜音さんを悲しませたくありませんから」
「やーん、真面目でめっちゃいい人ぉ〜!ウチもこういう人と付き合わないとダメだよねーー。付き合う男みーんなウチのこと雑に扱ってくるから超ムカつくもん。一回くらいそんな風に言われてみたぁい!」
自虐の泣き言で嘆いている彼女だけど、今の発言を聞いてしまえば僅かながらにも「ちょっとそれは可哀想かも…」なんて思ってしまった。まだ出会って数分ちょいだけど、そんな風に男たちから雑に扱われるような存在には思えないんだが…
いや、というよりそもそも目の前のこの男に雑に扱われてるじゃねーか。高見沢たちが好むのはすぐヤれて、あとはどーでもいいとか思ってしまうそういう女って意味なんだろうかねぇ…。そう考えるとこの男はやっぱドクズだわ。
「桜音ちゃんが羨ましい〜…!」
「…貴方ならきっといい男が見つかるよ。コイツらみたいな頭ん中ヤレるばっかしか考えてない男を掴まえるより、貴方の中身をしっかり見てくれる素敵な人に出会えるといいね」
「えっ、なにもう坂崎くん、サラッとそんなこと言えちゃうなんて格好よすぎるんですけどっ?流石桜音ちゃんが好きになる男って感じがするわぁ〜」
「そ、そうかな…?」
「うんうん、するする!ウチも見た目地味でも坂崎くんみたいな真っ直ぐ愛してくれる男がいいー!」
「はは…」
見た目地味で悪かったですね…
そして高見沢はというと、変な顔して俺の方を見ているがあんま気にしないどこ。こんな俺がキラキラしている女子相手に堂々と喋れているだけでも驚きだろうに、こんな人から羨ましい認定されるとは思いもしなかったのか、不服そうなツラしてやんの。ざまぁ。
「ったく!おめーは急に何しに来たんだよ!だからもう失せろ!」
「あーはいはい、さっきからヒドイ男〜。じゃーね坂崎くん、また今度飲もうね〜!」
「いやだから飲みには行かない…」
と、言いかけていたが相手は聞いちゃいないのか、椅子から立ち上がって去り際にポンポンッと軽く俺の肩を叩いてからどこかへと行ってしまった。
フゥ…とようやく終わったかーの意味でのため息をつけば、高見沢がジト目で「浮かれてんじゃねーぞ豆柴ぁ」となぜか不機嫌。普段のお前の行いのせいだろ、俺には関係ねーわバーカ。
「真面目に生きてて良かったわ〜」
「あーー??」
話し逸らそ。
「それよりも桜音さん遅いね?そんな遅くなる用事だなんて聞いてないんだけど…」
「電話してみるか?」
「うん、してみるか」
。
。
「……。」
手元のスマホがバイブレーションで震えているけれど、私はその電話を取らなかった。なぜか今は取りたくないと思ってしまったからだ。
だって…私の知らないところで私とはあんまり関わりのない女子が二人の間に入ってあんな楽しげに会話しているところを見てしまえば、弱い私の心がギュッとする感覚に陥ってしまったんだもの。
私って心狭いのかなぁ…。醜いのかなぁ…
もちろんあの子は高見沢くんと一度寝た人なんだろうなってのは雰囲気的に分かるし、何よりあんなに人見知りでああいう派手なタイプの子が苦手な幸二が優しく微笑みながら会話なんてしているところを見てしまえばこのモヤモヤが止まることなんてなかった。
ヤキモチ…妬いてるのかな、これって。自分でも思うけど、私のヤキモチって全然可愛くないよなぁ…。この間高見沢くんに対してもあんな態度取っては嫉妬してしまったのに、今回もまたこんな風になっちゃうの私?
本当に可愛くない。また面倒くさい女とかって思われそう…
別に同じ大学で同級生なんだし他の人とお喋りするくらいどうってことないじゃん?当たり前のことじゃん?何をそんなに怒ることがあるんだろうか?
「ハァ…」
それでもやっぱりいつも居る私の居場所を奪われてしまったような気がして足が前に出なかった。
…この前私の家に棚瀬くんが来た時の高見沢くんの気持ちって、もしかしたらこんなんだったのかなぁ…なんて今更ながら思ってしまった。悪いことしたなぁ…あの時。
廊下の壁際で立ち止まっていると、向こう側から「あれ、ホントにまた会ったね」なんていう今朝聞いた声がする。
「あ、あぁ…どうも」
「あれ?元気ない?どうしたの?」
「んー…なんだろうね。分かんないや」
別にこの人に愚痴ることでもないし。ていうか早くどっか行って欲しい。
「じゃあさ、俺もゼミ終わったところだから一緒にランチ行かない?奢るからさ」
「へっ?」
どこかで似たような聞き覚えのあるセリフだなぁ、なんて思いながら相手の目とパチッと合ってしまったせいで、向こうは優しく微笑みを向けてくる。でもその笑顔の裏にはピンクなことしか考えてないってことだよね?私知ってるもん。高見沢くんで嫌っていうほど思い知ったもん。
「ごめん私彼氏いるしそういうのはちょっと…」
「なんで?」
「なんでって言われても…」
どう返事を断ろうかと悩んでいると、彼の方から「なんだよ、話しが全然違うじゃん」と独り言のようによく分からないセリフを呟く。思わず「え?」と出てきてしまったが、彼は続けて「桜井さんってこの夏休み中、色んな男と寝たんじゃないの?」なんて聞いてくる。
…え?…えっ!?
「はいっ…!?」
流石にそんな話しを周りに人がいるところでしたくなくて、思わず彼の腕をパッと取っては人気の少ない場所へと軽く移動してみせる。
「そんな訳ないでしょッ!?なにその話し!どこでそんなデタラメ聞いたの!?」
「え?俺のサークルの奴らがそうやって言ってたよ?だからきっと桜井さんならイケるのかな〜と思って」
「イケると思うなっ!て、ていうかそんな話しがいつから広まって…」
「夏休みの中頃からかな?あの高見沢がいるとこのサークルの女子と一悶着あったとかなんとか聞いたけどそれはホントなの?」
「そ、それはぁ〜…」
答えていいのかどうか分からないや…。全部高見沢くん任せにしちゃってたからあんまり変なことを私から言わない方がいいよねこれは?なので口ごもってその質問には答えないよう曖昧にしておく。
というよりあの事件の話の噂が広まりすぎてみんなの憶測や誤った情報が拡散されているせいで私がとんでもないビッチに仕立て上げられてるんですが?やめて頂きたい。
「そんなことは横に置いといて…、それよりも私が他の男と寝たなんて絶対有り得ないから!私、夏休み中ほとんど一緒に幸二といたんだもん!ウソじゃないよっ?」
「えー、そうなの〜〜?てっきり高見沢ともヤってんのかと思ってたから桜井さんって結構エロい人なのかと思ってた〜」
「バッカじゃないのもう!」
内心めちゃくちゃドキッとしたけれど、なんとか誤魔化せたはず。大丈夫、顔には出てないと思う。私は高見沢くんみたいにあんなにウソは上手くないし、どちらかと言うと下手な方でよく高見沢くんに見破られはするけど…それは彼がいつも私の近くにいて私の性格をよく知っているからであって、この人は私のことなんてほとんど知らないはずだから気にしちゃいけない。堂々と否定していればそれで大丈夫なはずだ。
「私が他の男たちと寝たって話はみんなに訂正しておいてよね!絶対だよ!?…じゃないと私がキレ散らかしたら私のファンの子たちが何しでかすか分からないってことだけは頭の中に入れておいてよ…??」
「わ、分かったわかった…!ちゃんとアイツらにも言っとくよ…!」
必殺、私のファンを使っての脅し。校内であればどんな相手だろうがこの言葉を言うだけで相手を怯ませることが出来るので、本当にあの子たちには感謝しかない。ある意味私を守ってくれている存在でもあるのだから、私もファンの子たちを心から大事にしていこうってそう思えるんだもの。
若干怒っている雰囲気を出しては相手を威嚇していると、相手は私を誘うのをようやく諦めてくれたようで「桜井さんは諦めるか〜…」なんて言いながら困った素振りで爽やかに笑う。その笑顔はやっぱりお顔のせいか、めちゃくちゃイケメンだからか思わず許してしまいそうになるくらい格好いいのも本当だ。こんな人に迫られたらそりゃあ嬉しくなって女子はみんな着いて行っちゃうのも頷けるけどさ…
「でもさ、ランチだけでも行かない?」
「はい?」
さっき断ったばかりだし、今私のこと諦めるって言わなかったっけ貴方?
「こうして仲良くなれたんだもん、イケメン同士なら男友達でメシ食いに来たって見られるだけだから良くない?」
「良くない」
「桜井さんもいれば絶対色んな女子が釣れるのにぃ〜」
それが目的ですか…そりゃそうですよねぇ、こんなに遊んでる男なんだもの。
呆れて言葉を返す気力も湧かずにいると「あれ?桜音先輩じゃん」なんていう声が聞こえてくるので、声のする方へと顔を向けるとそこにいるのは…
「あれ、棚瀬くんっ?どうしたの?」
「どうもこうも別に教室移動してるだけッスよ。つーかこのイケメンって…確か桜音先輩と同じ四年ですよね?何してんすかさっきから」
「助けて棚瀬くん…、この人さっきから執拗くて…」
私がそう棚瀬くんに助けを求めてみると彼はほんの少し目を細めては私の隣に立ってきたかと思えば相手に対して「こーんにちは〜」なんて軽快に挨拶している。すると相手もノリは同じようなタイプなので「こんにちは〜」なんて返ってくるが。
「アンタなに?桜音先輩ナンパしてんの?やめた方がいいっすよ〜絶対。この人に手ぇ出すとフツーに殴られるんで、やめといた方がいいっすよ絶対に」
「ンナっ…」
それ全然フォローになってない棚瀬くん!
寧ろ恥ずかしいだけ!
「え、そうなの?意外」
「俺もタカミー先輩も殴られた経験あるんで変に手出ししない方が身の為ッスよ?あ、それとも殴られたいドMとか?でも中々の威力あるんで毎日ボッコボコに殴られて青痣だらけになるかもしれないし、DVされ続ける覚悟があればまぁいいとは思うんですけどね〜」
「それは流石にちょっとなぁ…」
「あっ!大好きな彼氏の坂さんには優しくしてあげられるけど、この人はどーせセフレに成り下がるだけだしただのサンドバッグになるならそれはそれでいいじゃないッスか先輩!この人殴り放題ッスよ!?」
「え?は、はあ…?私別にそんな…」
「ほらいいじゃないッスか先輩!一回相手してもらった方がいいんじゃないッスか!?ねぇ!」
ふざけた口調じゃなく、割と真面目な喋り方をしながらもニッコニコ笑顔で相手に向かって同意を求める棚瀬くんだったけど、彼がなんか引いているのが分かる。そのせいで相手が「うーん…俺ドMとかじゃないからまぁ今回はパスしとこうかな〜?」なんてやんわり断りを入れてきたので一応こちら側の勝利と言えるだろう…か?
まってこれ私がヤバい暴力女みたいなイメージになってない?ねぇ!
でも棚瀬くんの説明のお陰で相手がようやく完全に諦めてくれたようで「じゃあまたね、桜井さん…!みんなに訂正だけはしておくからっ…!」とだけ言い残し、彼は立ち去って行ってしまった。訂正してくれるのは有難いけど、これはこれでまた逆に私の変な噂が立つやつじゃん!
「ふぅ、勝った」
「どこがッ!」
やり切ったみたいな顔してる棚瀬くんに思わずツッコんでしまったが、彼は改めて「何してるんすかこんなとこで」と私に聞いてくる。
「今日私たち講義の日だったから大学来ただけ」
「タカミー先輩と坂さん先輩は?」
「あっ、そうだ二人のこと…!」
さっきはなんか顔を合わせられないとかウジウジしていたけれど、今のことがあったせいでそんな思考いつの間にかどこかへと吹っ飛んでいた為か私は慌てて二人がいる方へと軽く駆け出して行ってみせたものの……
「あ、あれっ?」
二人がいない。
さっきまでここに座っていたのに。なんで?置いてかれちゃった?
後を着いて来ていた棚瀬くんは「?」となっている状態で、私一人だけがキョロキョロと辺りを見渡すだけ。そんな焦っている私の様子を見た棚瀬くんが「先に帰っちゃったとか?」なんて聞いてくるので、やっぱりその線が濃厚かも…
「さっきの電話出なかったからかなぁ…」
「ん?電話かかってきたのにわざと出なかったんすか?」
鋭い棚瀬くんからの質問に「うん」と素直に答えてみせると、棚瀬くんが少し考え込みながら「あっ」と何かを閃いたかのような声を出す。
「もしかして桜音先輩とさっきのアイツの二人きりで話してるところを坂さん先輩に見られたとか?それとももっと変な場面見られちゃったとか?」
「へ…?」
変な場面って…。いや、そんな変なことはしてないはずなんだけどなぁ…。でも幸二のことだからネガティブ思考になってしまったらどう言い訳してもダメな方向に考え込みすぎてしまいそうでなんだか嫌な予感がする。なので慌てて幸二に電話をかけてみせるけど通話が繋がらない。
二回目もかけたけど結果は同じで、まるでわざと無視されているかのようだ。さっき私がした行為なのに、なんで私は傷付いているのだろう?都合が良すぎて本当に自分に嫌気がさす。
だったら高見沢くんにも…と思って彼に対して電話をかけてみたけれど、やっぱり出てくれない。二人がもし一緒にいるのなら、多分二人してわざと出ないようにしているようにしか思えないよ…
後ろにいた棚瀬くんにも「大丈夫ッスか先輩?」なんて心配されてしまったが、彼はそろそろ次の授業があるから早く行ってもらわなくちゃ可哀想だ。だから精一杯「大丈夫だよっ」とだけ笑顔でなんとか答えてみせるも、棚瀬くんには私がムリしているのがバレバレなせいで私の顔を見た棚瀬くんはデカいため息をつきながらスマホをポケットから取り出してみせた。
「ったくさ〜、いつまで経ってもアンタら三人は手がかかりますね〜。授業初回からサボるとか思ってなかったわマジで」
「え…?」
「桜音先輩の今にも泣きそうなその顔がエロくてそそるからいけないんすよぉ?元気取り戻したら俺の相手もちょっとくらいして下さいよマジで」
「それは〜…ちょっとなー…」
もうチャイムが鳴り、次の講義の時間が始まってしまった。もう辺りは人が少なくなってとても静かな空間になっているせいか、私たちの会話がやけに大きく聞こえてしまう。
でも棚瀬くん、講義出なくて本当に大丈夫なのかな…?
そんな棚瀬くんが誰かに電話をかけたらしく、耳元でスマホを押し当てては電話に出た相手に「今どこにいるんすか?」と尋ねている。そんな棚瀬くんと相手のやり取りを見て、あぁやっぱりな…と落ち込む自分がいるのも事実。
一分もしないうちに通話が終わり、棚瀬くんがスマホをしまうと「今はまだちょっとムリそうッスね」と答える。
「今のはやっぱり高見沢くん…?」
「そうッス。坂さん先輩も一緒にいるんでまぁ一応大丈夫そうではあるらしいけど」
「そっか…」
さっき私がかけた電話には出なかったのに、棚瀬くんからの電話には秒で出るんだ…。その意味とは、やっぱり私とは今話したくない…話せない事情かなにかがあるんだろう。
幸二を…傷付けちゃったかもしれない、私。
「…どうしよ、私。なにやってるんだろ」
「先輩…」
「また別れ話が出てきたらどうしよう…っ。幸二とはもう別れたくなんかないのに…。私いっつも幸二のこと傷付けちゃう…!なんでだろう…?なんで私ってこんなにダメなんだろう…」
「……。」
ほんのちょっとのヤキモチくらいでなにしてるんだろう本当に。あの時幸二の電話に出ていれば…、あのまますぐ二人の元へ行っていればこんな結果にはならなかったのだけは本当だ。
私はいつも自分の感情を制御出来なくて失敗する。この間それを高見沢くんで学んだばかりなのに、私は何やってるんだよもう…
落ち込んでいる私を見ていた棚瀬くんが「ひとまず、桜音先輩は家に帰ったらどうです?俺が代わりに二人のこと捜しに行ってきますんで」なんて男らしいセリフを言ってくれるので、棚瀬くんのその優しさになんだか泣きそうになってしまった。
「うぅん、大丈夫。きっと今は幸二と高見沢くんは二人で話したいことがあるからここからいなくなっちゃったんだろうから、それを邪魔したくないや」
「…じゃあ俺が桜音先輩送って行きましょか?今回だけは変なことしないって約束しますんで」
「気持ちは嬉しいよ、ありがとね。でも君はまだ授業受けなきゃダメでしょ?私といちゃダメだってば」
「逆ッス。今桜音先輩が一人になると落ち込んでドン底までいきそうなんで、俺が着いてあげなきゃ塞ぎ込んでヤバくなるっしょ?アンタ坂さん先輩にフラれた時自暴自棄になってタカミー先輩を慰めようとしてた話しは俺らあの人から聞いてますんでなんか今一人にさせて他の男に声かけられでもしたら、ついてっちゃいそうでコワイんスよ。ついさっきまでナンパされてたばっかの人なんですからぁ」
「あはは…、ありがとね棚瀬くん…」
でもなんで幸二にフラれた時の話をそんな詳しく知ってるんだろう?高見沢くんを殴りたい気分だ。
「だから俺が一緒にいてあげます。それに、坂さん先輩も落ち着いたらきっと戻って来ますって。あんなにも桜音先輩一途な人なんですから、もう貴方を見捨てることなんてしないはずですよ絶対」
「棚瀬くん…」
君の口からそんな言葉が出てくるだなんて思いもしなかったよ…。ちょっとビックリしちゃった。でもすっごく嬉しいな。ありがとね。
そのせいで胸がグッと熱くなってしまったけれど、棚瀬くんが普段あんまり魅せないような優しい顔をしては私の背中をさすって慰めてくれる彼の温かさにまた涙が出そうになってしまった。
そのあとは彼の言う通り、彼は私を家までちゃんと送り届けてくれたし、部屋で二人きりで過ごしてはいたけど宣言通り変なことは一切してこなかった彼の思いやりがとても嬉しかった。
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