罪人たちの舟

リハビリお話2

 

「坂崎さん!七十二番さん!こっちです!早く来てください!!」

五番に呼ばれ、向かった方向には地面にぶっ倒れている桜井の姿があった。

一体なにがあったんだよっ?

慌てて桜井に駆け寄り、「桜井っ!」と呼びかけるも返事がないまま。しかも頭にはなぜか傷痕があり、額から血が流れているじゃねぇか。

急いで船頭が止血してくれたから良かったものの、いつからこの状態なんだ?コイツは大丈夫なのかっ??

「桜井..なんで..」

「まさか、罪人たちにやられたのか?」

 

船頭が言ったセリフに対し、キッとキツく睨みつけると奴は少しだけ目をキョドらせていやがる。

「またお前は罪人のせいにすんのかっ?」

「別にそういう訳じゃ..。でも、その可能性はあるだろっ?」

「..桜井が起きたら確かめる」

 

船頭に向かって自分でそう言ったものの、どことなく嫌な感じが心をよぎったのは言うまでもない。つーか、かなりの確率で罪人たちが桜井をやっちまった可能性のが高い。

激しくモヤモヤする心ではあったが、桜井が心配なので今はコイツを何とかする方が先だ。

他の船頭たちに手伝ってもらい、気を失っている桜井を俺の背中におぶらせてやり、このまま自分たちの家に向かおうとしたその時。船頭が「ちょっと待った」と口にする。

 

「んだよ」

「なんか落ちてるぞ」

そう言って、何かの袋を拾い上げた船頭。

….それって。

 

「白っぽい粉..」

「まさか….いわゆるアレだよな..?」

言わずともこの場にいる全員がその粉を見た途端、凍りついた。俺を除けば本物を見るのは船頭たちは初めてだろうからな。

「はっ..?えっ!ちょ、コレってヤバくないですか坂崎さん!?」

「なんでこんな物がここに!?」

「….。なぁ、七十二番。二十四番は隠れてここで吸ってたって意味か?」

「..さぁねぇ。俺は桜井のおクスリ事情はあんま深く関わってないからよく分からないんですよぉ。けど最近はやってるとこなんて見かけなかったがな」

「なんにしたって二十四番が仕事サボってこんなことする奴だとは思えんが..。一応、マモン様にこのことは報告させて貰うぞ」

「..ご勝手にどーぞぉ」

 

なんだかすげー胸くそ悪ぃ。桜井がコソコソ隠れてこんなことするか?前まではよく家にいる時、アスモデウスの部屋からかっぱらってきたクスリかなんかを俺の目の前で吸ったり炙ったりしてるのは見てはいたが..ここ数年はそんな姿もあまり見かけなくなっていた。

やめたと思っていたが、やっぱり裏ではやっていたのか..?にしたって、そんなぶっ倒れるほど使うか?しかも仕事中で、これから罪人たちを見送らなければならない一番大事な仕事の前にこんなことするかフツー?

別に好きなことやってても構わねぇが、もし本当に隠れてやっていたのかと思うとなんだか釈然としねぇ。ずっと胸の奥がザワついていやがる。

 

来た道を船頭たちと戻り、残っていた船頭仲間たちと合流して事情を説明してから俺と桜井の家に戻ることになった。罪人たちを見送る時間をズラすから、取り敢えず今まで一緒にいたメンバーで俺たちの家へと向かう。

よいしょ..っと。

桜井が下にずり落ちてきたので、綺麗に担ぎ直した時だった。

 

「….っ」

「あ、起きたか桜井?」

「..ぅ..、高見沢か..」

「すまんねぇ。起こしちまって」

「….。それより..なんで..俺」

その問いには船頭が答えていた。

「てめぇ、仕事サボってやがったのか?あぁっ?」

「….どういう、ことだ」

「お前ぶっ倒れてたんだぞ?」

「そうですよ!これから罪人たちを見送るって時に、いなくなっちゃうんですもん」

「俺が..?」

 

おぶっている桜井の顔をチラリと見やると、目がすげぇ虚ろになっていた。そりゃ俺らはいつも目付きは悪い方だが、それとはまた別のものだ。

….あれ?

「うッ..。っ..」

「どうした、桜井?」

「高見沢、下ろせ..っ。気持ち悪ぃ..っ。ぅ..」

「おめーホントに大丈夫かっ?もう家が目の前だからあと少しの辛抱だ..!」

「….やばぃ..っ」

「!?」

 

ふと見やった桜井の顔色は、見たことがないくらい真っ青に染まっていた。そんな桜井を目にした俺たちは急いで家の中へ入り、全員慌てて桜井の介抱に回るしかなかった。

桜井をベッドの淵に下ろし、背中をさするも無意味に等しかった。船頭がコップに水を注ぎ、五番がビニール袋を持ってきて桜井の目の前へと差し出してくれたはいいが..本人は礼を言う暇もないくらい辛そうにしている。

「お、おい二十四番..!大丈夫かっ?もう今日はムリに仕事しなくていいからよ..!」

「..はア..っ、ふゥ..っ..、わ..悪ぃ..。….うグッ!?」

「どうした、桜井っ?」

「クッソ..!きやがった..!!っ..あぁあアッ!!!」

「!?大丈夫かよ、おいっ!?」

「ダメだっ..!全身が..ハァっ..痛てぇ..!!ううぅ..ッ!!!」

「おい、しっかりしろ二十四番!!」

 

全身が痛いと、ベッドをのたうち回る桜井の絶叫がこの家にこだまする。あまりにも突然のことすぎて、みんなどう対処すればいいのか困惑してるし、何をするのが正解なのかすら分かっていなかった。

もちろん俺もその内の一人で、この桜井の変貌ぶりにただ焦って見てるだけしか出来ない。船頭も、まさかここまで大事になるなんて思ってもみなかったせいで、不安そうなツラして暴れ回る桜井を軽く押さえつけることしか出来ないでいた。

「に、二十四番しっかりしろッ!!お前、何があったんだよ!?」

「..っぅあああアアッ!!ハァっ..ひっ..、俺を..怨んでた..っ..!、ざ..罪人たちに..ッ..、うぅうっ!!」

「..!?」

桜井を怨んでた奴らだと?

 

その言葉だけで、全て理解した。

桜井は無理やりクスリをやらされたんだ。

船頭と目が合うと、奴も僅かにドス黒くて鋭い目付きを見せてきた。あぁ、そうだな。桜井をこんなんにした罪人は許しゃしねぇ。

自分がギリッと歯をきしませ、拳を痛いくらい握りしめているのに気付いたのは数秒後。

この俺をこんな気持ちにさせたことを奴らは後悔するだろう。もう何年も閉じ込めていた負の感情たちが、一気に俺を包み込む音がした。

 

「….桜井。ソイツらの顔は覚えているか?」

「..ッ!!うぅ、ぅううぅッ!!!」

「..もっと早くにお前を捜し出すべきだったよ。すまねぇ、桜井」

言葉もまともに話せないくらい痛み苦しんでいる桜井の姿は、とてもじゃないが見ていられないくらいこっちもツラかった。

傍にいる船頭の仲間たちが、俺の変貌した顔付きと態度と声色を見てはかなりビビっているし、引いているのにはなんとなく察しがつく。

これが俺の本性ってわけだ。

 

「七十二番、分かってるだろうが何も行動を起こすなよ」

「はあッ?」

船頭が心底腹立つ言葉を俺に投げかける。バカか、大事な仲間をこんなんにさせられて黙って見てるわけねぇだろうが!

「ふざっけんなよ船頭テメェ!!桜井こんな風にされて、許せるはずがねぇよ!俺は絶対に犯人見つけてやっからな!?」

「待てって言ってんだろ!!」

「..っ」

ビリリッと部屋中に響く船頭の大声。

俺だけでなく、他の船頭たちも流石にこの声にビックリさせられた。

こんなにも威圧的な声をあげる船頭を目にするのは初めてかもしれない。その声のお陰か、湧き上がっていた負の感情たちがほんの少しだけ落ち着きを取り戻そうとしていた。

船頭..テメェも、もしかすると俺たちと同類になれるかもしれねぇよ、ホント。

 

今、奴を包んでいるのは俺と同じ感情だろう。決して綺麗だとは言いがたいが、アイツの目はいつも真っ直ぐだ。俺たち罪人を理解しようと、その瞳で厳しく時には優しく見つめている瞳。

それなのに、今じゃ俺や桜井とそう変わりない目付きに変わり果てているじゃねぇか。

 

..ま、ムリもないけどよ。俺も今の状態じゃあ、船頭を諭せるほど心に余裕がない。

「..お前はここに残って二十四番の傍にいろ。俺はマモン様のとこへ行く。今日はもう罪人たちの見送りは中止だ」

「えっ..、勝手にやめちゃっていいんですか..?」

「構わん。誰か、向こうにいるみんなに中止だと伝えてきてくれ」

「は、はい!」

 

四番が、言われた通りすぐさまこの家から飛び出して向こうにいる仲間たちの元へと走っていってしまった。残りの二人も、俺と同じくここに残れとのこと。

「七十二番、今お前が動くとややこしくなる。仮にもお前は罪人なんだから、奴らと殺し合えばどうかなるかなんて分かりきってるだろう?」

「それはそうだが..。けど、もし桜井が死んじまったらどーすんだよ!?桜井が死んだら俺は奴らを絶対に許さねぇからな!?」

「..あぁ。分かってる。もし、その時が来たら….七十二番、俺もお前に手を貸すさ」

「..っ!」

 

思わず背筋に悪寒が走った。

船頭の野郎..俺らと全く同じ顔付きしてんじゃねぇか..

瞳に光など見当たらなく、普段笑えねぇ癖に今じゃうっすら笑みをこぼすくらい不気味な口許をしている。

ただ、船頭の言葉に嘘偽りがないことは読み取れた。だから俺はこの爆発しそうな感情を抑え、大人しく船頭の言う通りにしてみる方を選ぶ。これが間違ってるだなんて、微塵も思わなかった。

 

「うあぁああぁああッ!!!」

桜井の絶叫が再び耳に入ってくる。

すると、次の瞬間から桜井の呼吸の仕方が明らかにおかしくなっていることに気づいた。吸って吐く息は、浅く短く、体の痛みと同時に再び嘔吐感が襲ってきたようで、顔を歪めては何度も嗚咽を漏らしている。

くそっ..。真面目にヤバくないか、これ?

 

「二十四番、聞こえるか?」

「うっ..!はッ..、はぁッ..!ぅぐッ..」

「お前を疑っていた俺を許してくれ..。なんとかお前を助けてみせるから」

それだけを言い残し、船頭は立ち上がりこの家から出て行こうとドアに手をかけた時だった。

 

「せ..っ、せん..どぉ..ッ!はッ..ふゥっ..、わる..かっ、た..っ。こんな..ことに、ッ….。なっち、..まって..!ぅうゥ..ッ!!」

「桜井..」

 

「..お前は何も悪くない。ただ、仕事を全うしようとしてただけだったんだからな」

 

それだけを言い残し、今度こそ船頭はここから飛び出して行ってしまった。

なんだろう..この、ずっと張り付いて取れない嫌な不安は。

 

何かがガラガラと崩れ落ちていく音がする。

 

 

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