罪人たちの舟

手が疲れました

 

リハビリお話5

 

次の日の朝。

ゴボボボボ..と音を立てながら滝つぼの水を汲む俺と一番と六番の三人。俺が一人で行こうとしたところ、二人もついて行きますと言い出し勝手に着いてきやがった。まぁいいんだどねぇ。

昨日の出来事があってから、罪人たちの見送りは明日にまで伸びた。何年もここに住み着いてるがこんなことは初めての経験だな。桜井をあんな風にした犯人を炙り出したりするんだろうか。

詳しくは分からんが、俺は罪人たちがいる施設に近づくなと船頭に言いつけられちまったもんで、どうにも出来ないしなぁ。

 

両隣で水を汲んでいる一番と六番が、「二十四番さんあれから大丈夫でしたか?」と尋ねてくるので、短く「あぁ」とだけ返しといた。

「目は覚ましましたか?」

「いや、まだなんだよねぇ」

「そうですか..」

「なぁに、そんなにアイツのこと心配ぃ?」

「えっ。..そりゃあ、心配ですよ」

ふーん。コイツらはコイツらでこういう素直なところは好きだぜ。船頭よりかは俺たちに対する感情を拗らせていねぇから、話しやすいっちゃ話しやすい。

四本のペットボトルに水を全て入れ終えると、それを地面に置いてそのまま水面に手を伸ばせばバシャッと水を自分の顔に浴びせる。冷たくて気持ちいい。

一応寝たには寝れたのだが、あんまり寝た気がしないのはしゃーねぇことだ。昨日あんな事がなけりゃこんなに寝不足にならずに済んだのによぉ。

タオルは持ってきてなかったので、濡れた顔についている水滴を取り払う為ブルブルと頭を振り払う仕草を見せると、両隣にいた二人は「わっ!?」と声をあげて俺から離れていく。

「犬みたいなことしないで下さいよ!ったくもう!」

「はー?うっせぇな」

「これだから罪人は..」

 

そう文句垂れる二人ではあったが、俺はそれを無視してペットボトルを脇に抱えてこの場から立ち去ろうとすると、二人は「待ってくださいよ!」と慌てて俺の後を着いてきた。

 

 

自分の家に到着し、中にいる桜井の様子を確認してみるとなぜかそこには船頭がいるじゃねぇか。

なんだ、おめーも桜井が心配で来たのか?

「あれ?坂崎さんも来てたんですね」

「ま、まぁ。..それより二十四番はどうだ?」

「見ての通り昨日から寝っぱなしだっつーのぉ」

「そっか..」

持って帰ってきたペットボトルの数本を冷蔵庫にしまい、残りの数本は桜井のベッドの隣に設置してある小さいテーブルの上にドンッと置く。

桶に入っていた古い方の滝つぼの水は、シンクにダバーッと捨てちまった。そこにまた今汲んできた新鮮な水を張り変え、桜井の額に置いてあるタオルを取り上げれば桶の中に突っ込んであとは絞るだけ。

その一連の作業を眺めていた船頭が俺に向かって「話しがあるんだが..」と横やりを入れてくる。

 

「外で待ってるから」

「….。へぇい」

それだけを言い残すと船頭は、俺らの家から出て行っちまった。

ま..、俺も言いたいことあったしちょーどいいか..

「あとはやっときますよ?」

「早く坂崎さんのとこ行ってください」

気を遣ってくれてるのか、一番と六番が桜井のことは任せろと言ってくる。普段の俺ならここで絶対嫌味なことを言い返しているはずなのに、やっぱ今日はどーしてもそんな気分になれねぇな。

親切心で言ってくれているので、俺は二人の言葉に甘えることにした。

桜井を頼むと一言だけ言い残し、自分たちの家から静かに出て行けば..少し先にある海が見える崖の淵に船頭は、腰を下ろして俺が来るのを待っている。

なのでそちらに向かい、俺も船頭同様ドサッと腰を下ろして胡座をかく姿勢にしてみせた。

 

「..来たか」

「お前が来いっつったんだろーが」

船頭が見つめる先の海は..なぜか今日はとても穏やかな波音を立てている。いつもは荒れているのに。

つーか..さっきまで曇っていたはずなのに、いつの間にこんなに青空が顔を覗かせていたんだ?雲が少なく、珍しく太陽がこの島全体を照らし出してくれるなんてな。逆に気味が悪いわ。

それでも天気がいいとやっぱり空気も澄んでいて気持ちよく感じる。

潮風が俺の長い髪と遊んでいた。

 

「….船頭、昨日はありがとよ。こんな俺たち罪人の為にお前があそこまで必死になるなんて、思ってもみなかった」

「..例え嫌いでも、今はお前たちだって俺らの仲間だ。見捨てる訳にはいかねーよ」

「仲間、ねぇ..」

嫌な響きだ。

「なぁ。船頭、これから俺はどうすればいいと思う?」

「..えっ?」

 

思ってもみなかったセリフが俺の口から出たせいか、船頭が驚いて咄嗟に俺の顔を見やってきた。

「俺は今回のことで、大事な相棒を失うところだった..。しかも桜井を狙っていたのは、アイツを怨んでいた罪人ときた。そりゃあアイツはそっちの世界じゃ有名人だったから、命狙われてもおかしくないって思ってる俺もいる。けど..いざそれに直面した時、俺はどう対応すれば良かったんだ?」

「….。」

「罪人が罪人を狙って殺しにかかってくるのなんて、心のどこかでは分かっていたはずなのに..俺はそれを見て見ぬふりをしていた」

特に俺と桜井は、罪人でありながらここで生きながらえているせいもあるしな..

 

「..悪ぃ、船頭。結果的に桜井は助かったけどよ….俺はお前に、罪人を理解してやれなんて言葉を言える立場じゃなくなっちまった….」

「それは..」

「正直に言うと、俺はもう本気でどうしていいのか分からなくなっちまってる状態だ..。今まで散々お前を罵倒して、罪人たちを擁護して理解しろなんて言っていた自分が恥ずかしく思うレベルにな..。いざ自分がこの立場になったら、俺はとてもじゃないが奴ら(罪人)を許せねぇ..っ!

ホント..ホンットに都合いいのは分かってる..。俺だって何人もの命を奪ってきたんだから、こんなこと言うなんておこがましいにも程があるなんて分かってる!..っけど、俺は怖かったんだ..。桜井が死ぬって思ったら、心の底から震えた..」

あぁ、そうだよ..

こんな俺が命についてとやかく言う資格なんてこれっぽっちもないことなんて、俺自身が一番分かっているさ。

それでもっ….今回はどうしようもなく苦しかった..

「お前が施設に行くなと言いつけてくれたからまだ自制心を保っていられるが、..ホントのこと言えば桜井をあんなんにした犯人を今すぐ見つけ出して殺してぇくらいだっ..。もし行っちまえば、確実にこの感情が暴走するだろう..」

「..仕方ないさ」

「一晩中ずっと考えてた..。桜井がなんて言うかは分からねぇが….

俺はもう、船頭に罪人を理解してくれなんて要求するつもりはない。いや、言えるはずがねぇんだよ..っ」

えっ?という、船頭の驚いた表情。

 

「….〝高見沢〟、お前..」

 

知らない間に俺は涙を流していたらしい。

とてもじゃないが、今はいつも通りの顔つきにはしていられなかった。

自分でも分かるほど、今の俺の目は一点の穢れもない瞳をしているんだろうな..

 

「..船頭。お前はあの時、桜井の為に涙を流してくれていた。そして本気の声で桜井の名前を叫んでいた..。お前が桜井のことを本気で助けてやろうという思いは、十分すぎるくらいに伝わってきたよ。

大事な奴を奪われるお前の気持ち..こんな俺にも理解する日がくるなんてな..夢にも思わなかったよ..ホント」

「….うん」

「俺..今まで、とんでもねぇ過ちばっか犯しちまっていたんだなぁ..っ!..ははっ。なんで俺、今生きてるんだろうなぁ..?俺一人の命じゃ、到底償いきれねぇ程の大罪を犯してきてたんだよなぁ….。ホント..俺、クソバカだわ..マジで..っ。何やってんだろ..俺..」

「….。」

 

溢れ出る涙は止まることを知らないようだ。

全ては自分のせいなのに….今更俺は自分の犯した罪に怯えてんのかよっ..。ダッセぇにもほどがあんぞ..

こんなに小さく、弱々しく変わり果ててしまっているのに..船頭は俺を見て笑うでもなく、俺の肩にそっと優しく片手を置いて俺を真剣な眼差しで見つめていた。

なんで..、なんでお前はそんな穏やかなツラしていられるんだよっ..。いつもみたいにバカにしてこいよ..

しかし船頭はこんな俺の考えとは裏腹に、優しい声で全てを悟っているかのような声で静かに語りかけてくれた。

 

「..悪いが、今回のことで俺も罪人たちを理解するのが難しくなってしまったよ。正直俺も、お前と同じで二十四番を殺そうとした犯人を許せない。あの時自分ではあんまり覚えてないけど、きっと俺はひっどい面構えしてたんだろうな..。悪魔に歯向かっちまうくらい、俺の心も暴走していたからね」

「..あぁ」

「ここまで一緒に長く過ごしていれば分かることだが、アイツは根っからの悪い人間じゃない。だからこそ俺はアイツを死なせたくなかったんだ..。二十四番が息をするのをやめた時、体が勝手に動いていたよ..アイツを助ける為にね。だってさ、アイツ一人で逝かせる訳にはいかないだろ?」

コイツは..何も考えずに、ただ桜井を助けてやりたいという思いだけで動いていたのか..

俺もあの時、何も考えられなかった..。そして船頭とは違って、体が動いてはくれなかった。

なんで俺..

 

「言い訳するつもりもないけど..多分この先俺はお前の言う通り、罪人たちを理解し切れないと思う..」

「..分かってる」

「特に、お前たちと違って根っからの悪人って奴には..申し訳ないが、理解したくないと思っちまった。こんなんじゃ船頭としての仕事失格だとは思うけど..俺にも限界ってもんがあるしさ」

「だから..俺はもうお前にはなんも言わねぇよ..」

だってよ..俺もお前と同じ気持ちになっちまったんだから..

 

しかし船頭は「ただ、」と言葉を紡げていく。

 

「これだけは言いきれる。例えお前たちが凶悪な罪人だろうが、俺は〝高見沢〟と〝桜井〟..お前たち二人のことは心から信頼している。

いがみ合っていようが、お互いに嫌っていようが俺はお前たちだけは信頼している。

..だってよ、俺のことこんなに嫌っているのに高見沢と桜井はいつも俺を助けてくれるだろ?俺が体調崩して動けない時でも、操られていた時だって..目が見えなくなった時も….全部お前たちが俺の為にしてくれたことだ。この事実は変わらない」

「船頭..」

今のコイツの顔….

 

「確かにかつての仲間が殺されたことは許すつもりもない。..けど、今回のことでお前に恐怖や悲しみと怒りを感じてくれたなら俺はそれでいい。

大切な人を失うことの恐ろしさをお前は知ってくれた..

高見沢のその優しい思いと償いの気持ち、しかとこの目で見届けたよ。….お前もただの人間なんだなって知れて、嬉しかった」

「….っ。ばーか..」

見せる相手を間違ってるんじゃねぇか、コイツは..?

 

俺に….そんな優しい笑顔を見せんなっ..

 

似合わねぇことするんじゃねーよ..クソ野郎。

 

だけど、荒んでいた心がなんだかすうっと軽くなっていったような気がした。

まるで..今のこの島を覆い尽くしている青空のように。

 

「….早く桜井にこの空、見せてやりてぇなぁ..」

「きっと、もうじき見れるさ..」

青空を見つめ、ぽつりと呟く船頭。

 

「..あぁ。そうだな」

 

俺は生きる。

 

この数えきれない罪を忘れないようにする為に..

三人で迎える最期の時の為に..な。

 

 

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