MPⅡ 思い出・その後編 - 1/20

人魚シリーズ「蒼いタメイキ」

 

静かに揺れる波の音が気持ちの良い今日の海。目の前に居る人魚であるタカミザワは、上半身だけを出して俺と会話していた。サカザキは出掛けてしまっていて、今日は俺だけ。

ほぼ毎日のようにタカミザワと会っているが、話はしていて楽しい。しかし冬の寒い時期である今、タカミザワが裸のような格好で海に入ってる所を見ていると何だかこちらが風邪をひいてしまいそうな気分になる。時々ブルッと体が震えてしまう。

 

そんな俺を見てタカミザワは「どうしたの?」と聞いてくるが、コイツには俺の寒さなんて分かる訳がない。あんな極寒の海に住んでいる人魚が、外の世界で肌を露出していようが、何ら変わりない。しかし、コイツも人間になれば寒さを感じてしまうもんなぁ‥

 

この間人間になって、海から這い出た瞬間可哀想なくらいガクガク震えてたのを思い出した。しかしお風呂嫌いなタカミザワだから、やはりお風呂に入る事はせずにシャワーで済ませ暖炉の前でずうっと温まっていた。

しかし、俺達は海の中で息が可能だ。タカミザワ曰く「サクライ達が海に入っても寒くない」だそう。それは俺達が人魚と同じ体になっているという事。下半身が尾とかではなくて‥まぁ、説明しなくても分かるだろう。

 

そんな事を言われようが、俺達は海に入る勇気がなかった。

 

「さみぃ‥」

「‥ごめん。戻る?」

「いや、来たばっかだし。でも、何か温もりが欲しい」

 

両方の二の腕をさする動作をしていればタカミザワが「やっぱ戻りなよ」と申し訳なさそうに言ってきた。寒さを感じないって羨ましいなぁ‥

 

「なら、タカミザワ手貸して」

「え?凄く冷たいと思うよ‥?」

 

そう言うタカミザワをよそに俺はタカミザワの手をパッと取ってみれば、思いの外温かくてびっくりしてしまった。何だ?この体温を保っていられるのか?海の中で?凄いな‥

温度調節しているって訳?動物みたい‥いや、妖怪だけれども。

 

「あったけーな‥タカミザワ」

「そ、そう?僕には分からないけど‥」

 

彼の手を握り、冷え切った自分の手を温めているとタカミザワが「人間って大変だね」と呟いた。
そして俺の手を離し、それを地面に着ければ腕に力を入れてザバッと下半身を岩の上に座らせる形に変わっていった。

寒そうにしている俺を包み込むタカミザワの優しさが嬉しかったけれど、濡れている為少し冷たかった。だけど、さっきよりは大分マシになってきたような‥

 

「サクライだってあったかいよ」

「冷えてるんだけどな‥。でも、お前の方から抱き締めてくれるってあんまりないから違和感がある」

「いつも僕を女扱いしてくるもん。たまには僕だって男らしい事したいよ」

「ムリでしょ」

 

俺の一言にカチンときたのか、タカミザワは俺を一気に押し倒していった。「えっ!?」と驚いた俺の上にはタカミザワの綺麗な顔がすぐそこにある。

 

何だ?この見慣れない光景‥

驚きのあまり、暫く身動き出来なかった俺を見てタカミザワは「今のサクライは寒さで弱ってるから僕には勝てないよ?」と少し上から目線で言葉を掛けてくる。

 

けれど、段々とこの情景にも慣れた頃、俺はタカミザワの顔に掛かっている長い髪をすくい上げるようにそっと右手を持っていき、彼の耳の横に髪を置いてしまえば今度はタカミザワが顔を赤くして俺と目を逸らした。

そんなタカミザワが普通だってのに、何故か珍しいな‥という気持ちにさせられた。

 

「似合わない事するもんじゃないよ」

「僕だって一応男だもん‥」

 

諦めたかのようにタカミザワは俺の胸の上に頭を寝かせ、まるで心臓の音を聞いて確かめてるかのような感覚がした。それは正解だったらしく、彼が「サクライの心臓凄くドクドク鳴ってる‥」と呟いた。

 

こんな事‥まだ、付き合ったばかりのあの人にすらした事ないのに‥

そう思うと余計に胸の鼓動は速くなり、そんな音をタカミザワに聞かれてると思うとより一層心臓が暴れ出す。自分でもドクッドクッという感覚が伝わってきてしまう程に。するとタカミザワが面白そうに「何考えたらこうなるの?」と悪戯じみた問い掛けをしてくる。

 

「いや‥別に‥」

「お付き合いしたばかりのあの人に悪いとでも思ってるんでしょ?僕の事を普通の男として見てないからこうなるんだよ?分かる?」

 

思っている事を的確に当てられてしまえば、一度だけドキッと大きく心臓が跳ねた。考えてる事、感じた事、思った事‥心の声を全てタカミザワに聞かれているような気がしてきて、俺は少し焦ってしまった。そんな事はない筈だけれど、コイツの持つ不思議な力を使われていたら厄介だ。

 

「女がいいのに‥って、まだ思ってるの?もうやめなよ。サクライはあの人の事だけを考えていてよ‥」

「か、考えているけど‥でも、やっぱ‥その‥」

「僕が惨めに見えるからやめて‥。ほんとに‥」

 

タカミザワ‥

 

「こんな所、サカザキやあの人に見られたらどうなるんだろ‥」

「どうもならねぇよ。多分」

「どうかなるに決まってるでしょ」

 

言い切るタカミザワの言葉が苦しかった。もう、とっくに俺達の関係はどうにかなってしまっている。修復出来る所で留まっているものの、あともう数歩行けば全員がおかしくなってしまう。どうにもならない関係に‥

 

「タカミザワは恋しないの?」

「さぁ‥わかんないや。でもね、人間にだけは恋出来ない」

「どうして?」

「前ね‥サカザキと喧嘩した時にね、アイツが“お前が人間の女に惚れたらどうなるんだろうな”って言ってきたの。その時はあんまり詳しい事言わなかったけど、僕達人魚が人間に恋をしてしまえば終わりなんだよ」

「何が終わりなの‥?」

「‥僕みたいに人間になれる人魚なんて殆どいないんだ。僕だって人間になれる日なんて一ヶ月にたった一度。普通の人魚はね‥人間に恋したらどうすると思う?」

「どうするって‥諦めるとか?」

「違うよ。‥海に引きずり込むんだよ」

 

タカミザワの威圧感がある声と今の一言に背筋が凍ってしまった。

 

「人魚は見られてはいけない存在。人魚を見てしまった人間は海に引きずり込んで溺死させるんだ。その人間を食べるか食べないかは置いといて‥、人間に恋をしてしまった人魚はね、その人間をおびき寄せて自分に夢中になった所を見計らって海に引きずり込むんだ‥。

きっと人間になって暮らせたらどれだけいいんだろうって考えながら、悩みながら‥ね。そうせざるを得ないんだ、僕達って」

「で、でも‥人魚とキスすれば海で暮らせるって‥」

「僕達みたいに力を持ってない人魚はムリ。それに、僕だってそんなに強い力持ってないからサクライ達だって息は出来ても海の中で長くは暮らせないと思う‥」

 

もし‥もし、タカミザワが女の人魚だったら‥俺達は殺されていたって事なのか‥?

タカミザワに限ってそんな惨い事する筈ないよな‥。コイツは優しいから‥

 

「もし、僕が女の人魚‥マーメイドだったら‥サクライのこの心臓、取り出して食べちゃってたかも‥ね」

「ッ‥」

 

いつになくタカミザワが恐かった。何も言葉が出て来ない。最早心臓の鼓動すら分からない程焦ってしまっている自分がいた。上に乗っているタカミザワが今にも俺の心臓を喰おうとしているように見えて、タカミザワを退かさないと‥なんて思ってしまっているが、力が入らない。

 

いや、タカミザワは俺を殺さない。コイツは男だから‥

けど、だけど‥俺達があの時に恋していたのがもし‥本物のマーメイドだったら、俺達は死んでいたかもしれないって事か?

 

タカミザワだから良かったものの‥

人魚って可哀想だ‥

 

「可哀想だなんて思わないでね?これが僕達の生き方なんだから」

 

また心を読まれた気がした。

俺達がタカミザワの事をどれだけ女がいいかなんて思っていても、コイツの中では色々と葛藤しているのかも知れない。今までこの事を話さなかったのも、タカミザワが優しいから‥

 

「タカミザワは‥女になりたくないか?」

「‥‥僕がいつも言うのは人間の女の場合。僕が本当にただのマーメイドだったら、この気持ちは止められないから。‥ごめん、初めて言うけど‥きっとサクライもサカザキも海に引きずり込んでいたかも‥」

 

それでも良かった‥‥

例えコイツに殺されても‥女であるタカミザワと恋が出来れば‥それでいい。さっきの恐怖はいつの間にか薄れていて、俺の気持ちはやっぱりタカミザワが女なら、という考えだけ。

 

けど、最近それを思うのさえ罪悪感に苛まれる。きっとあの人と付き合ってからだ。

俺の胸に頭を置くタカミザワに手を乗せて、グッと胸に押し付けてみせた。

 

「構わないさ‥。お前がマーメイドでも‥俺は‥‥」

「‥もう、いいの!‥お願いサクライ。いい加減僕の気持ちも考えて‥」

 

震えてるタカミザワの声の意味が分からなかった。

そして小さくハァ‥と冷たい、蒼い溜め息をつくタカミザワは顔を上げて俺に向き直った。そして顔を近付けてきてこう言ってきた。

 

「少しくらいはサクライの自制心がつけばいいのにな‥」

 

そう囁くと、彼の唇が俺の唇に当てがった。

二度目の口付け‥。彼は今、俺に何の力を与えた?何も言ってはくれなかった。

 

「僕はね‥女になりたいなって思う反面、男で本当に良かったって思うんだ‥」

「俺も‥そう思う‥」

「なら‥もう、僕の事よりあの人に目を向けてあげて‥。大切だと思う方をサクライは間違えてる‥」

 

そう言葉を並べたタカミザワの声が俺の耳許で優しく、哀しく、奏でるのが聴こえてきた。

そうか‥

 

俺はもう、あの人に沢山愛情を与えないと‥ダメなんだよな‥

分かったよ‥。お前の願いは、きっと叶えてみせるから‥

 

 

サクライさんを恐れさせたのも人魚の優しさ。「人魚はこんなに恐いんだよ。僕がマーメイドだったら貴方をこうしてたんだよ」と言う事でサクライさんの持っている「タカミザワが女なら」という気持ちを諦めさせる為

それでも諦めてくれないサクライさんに、その気持ちを抑えられるように力を与えたって訳です。はい

 

中々サクライさんもその気持ちは諦めきれないとは思いますけどね(^^;;

初めての思い出編でした

 

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