狂いかけたコンパス
船頭が寝込んでしまっている。
まぁ、こんなのは今に始まった出来事じゃないのはこの島の奴ら全員が知っているが、ここ最近はちっとヤバいらしい。
ムリをすると寿命が縮んでしまう薬をあの悪魔から処方されたせいで、言われた通りに体調が優れない時はしっかり休むという言いつけを守るのはいいんだが‥
いつからだろうな。あぁ思い出した。一度高熱でぶっ倒れた時から船頭の身体の異変は益々強くなっていたのは、あの時ぐらいからか。
それ以来、週に一、二回は休みを強いられてしまっている生活を送るようになった。船頭としては働いきたい気持ちはあるようだが、マトモに立てなくなっちまうような身体なんかじゃ仕事なんてしてられねーしな。
だから今はこの詐欺師の俺が船頭の面倒を看てやってるんだよ。高見沢は仕事で、他の船頭も勿論仕事をしている。しかし、船頭がこんな状態になってからは俺と高見沢で交代制にしながらこの大嫌いな男の面倒を付きっ切りで看ているんだよ。俺ら優しいだろ?
ベッドに突っ伏す船頭の顔色は、さっきよりかは回復しているみたいだ。つい二時間前くらいまでは、血の気がないような真っ青な顔だったんだからよ‥ホントにヤバい状況になりつつはある。
ま、それもそうだ。俺らの命はあと三年なんだから。
昼飯の用意をしたばかりなんだが、船頭は「まだいい」と一言放ったきり何も返事は来なかった。
俺は暇なので自分一人だけで食ってる最中なんだよ。もう少ししたら高見沢が昼飯だけを食べにこっちの船頭の家にやって来る頃だろう。基本アイツは料理はしないので、例え高見沢が船頭の面倒を看る番だとしても、飯だけは俺がわざわざ作りに来ている。
まぁ高見沢の料理も食べれなくはないんだが、いかんせん手際が悪いし、温かい筈の食べ物が冷めちまう。栄養管理も俺の方がしっかりやれるし、アイツよりかは美味い料理は提供出来るので必然的に料理担当は俺になる。
暫し一人でモクモク昼飯を食っていると、高見沢が「腹へった~」と言いながらご帰還のようだ。
「わぁ。たらこスパだぁ」
「うめーぞ」
「んじゃあ夜は唐揚げねぇ」
「ここ来て俺と暮らし始める前は鶏肉苦手だったのにな、お前」
「桜井の料理はなんでも美味しいからねぇ。好き嫌いなくなるよぉ」
「‥俺、詐欺師じゃなくて料理人になればここに居なかったよな絶対」
「俺もそう思うー」
呑気な会話をしながら席についた高見沢は、早速たらスパを食い始めていた。因みに船頭はたらスパじゃねーぞ。まだ作ってはいないが、ちゃんと雑炊がすぐ出来る用意はしてある。
美味いうまいと言いながらあっという間に食べ終わった高見沢は、脚を組みながら船頭に向かって「死んでねーかぁ?」と聞いていた。その問いに対し、船頭は不貞腐れた声で「うるせぇ」と返していたが。
「船頭さんよぉ、今月これで六回目だぜぇ?そんなんで仕事続けられるとでも思ってんのぉ?」
「あのなぁ‥俺だって寝込みたくて寝てるんじゃねーよ‥」
「んなもん知ってるわボケ」
「‥‥、」
一言サラッと言い放つ高見沢の言葉に思わずお茶を噴き出しそうになっちまった。
けどなぁ‥ここまで来るとマトモな仕事は出来なくなってきてるというのも事実だし。こればかりは俺らが手助けするよーな問題じゃないから、こうして面倒看るしかない。
高見沢が再び仕事に戻った後に、ようやく船頭が飯を食いたいと言ってきたのでまた調理に取り掛かる。とは言っても、材料は切って用意しておいたから後は煮るだけなんだけどな。
食器の片付けをしつつ、出来上がった飯を船頭の方へと運んでいく。言っとくが食わせたりなんかしねぇぞ。んな気持ち悪りぃ事できっか。
しかし、船頭は素直に「美味い‥」と呟いてくれるのでそこは誇りに思ってる。
「なぁ、二十四番‥」
「あ?」
「‥‥いや、やっぱ何でもない」
「なんだよソレ。ハッキリしろよ」
「‥ごめん」
結局船頭が何を言いたかったのかは不明なまま。
船頭の飯が食い終わると、俺は比較的暇な時間になっちまう。なので船頭の容態次第でこのまま仕事に戻る時もあれば、付きっ切りの時もある。今日は船頭の調子も良くなってきたし、仕事へ向かうとするか。
。。。
「よぉ桜井、こっち来たのか」
「あぁ。船頭も仕事に行っても構わんとか言ってくれたしな」
「あ、二十四番さん」
「坂崎さんの調子どうでした?」
「なんとか回復してきてる。ま、心配するこたねーよ。お前らは仕事に集中しとけ」
「坂崎さん、最近ちょっとやつれてきてますからね‥」
「どれだけ身体がダルいんだろう」
他の船頭たちもそりゃあアイツの心配だってするわな。
しかし、肝心のマモンが何も言って来ないのが引っかかるが‥。まーたこの状況を見て大方楽しんでるんじゃねーのかとは思うんだけどよ。嫌な性格なのはやはり悪魔だからだろうか。
「‥‥。」
仕事が終えた後はまた俺は船頭の家へ向かう。少しだけ調子が悪くなっちまってるんじゃないかとヒヤヒヤしていたが、戻ってきてみれば船頭は一定の呼吸を保ちながら眠っていたようだ。
ホッとしている自分にムカつく。
しかし、俺たちの命はあと三年だけだ。そしてその三年というのはすぐにやって来るだろう。繰り返し同じ日常なのだから、刺激的な生活がない限り時が経つのは早く感じる。‥もう、手遅れなんだ。
ふと見やれば船頭の使っていたコップの中に水が入っていなかった。なので、俺はコップに水だけを入れて船頭の寝てる横にある小さなテーブルに置いておいた。飯は俺たちの家の方で作って持ってこればいいか‥
「なぁ船頭‥お前は死ぬのが怖くないのか?」
ボソッと呟いた届くはずのない問いだけを残し、俺はこの家から出て行った。
「バカ野郎‥‥。めちゃくちゃこえーに‥決まってるだろ‥!」
ふとそんな声が聞こえてきたような気がするが、俺の思い違いか?
刻一刻と迫ってくる死。決められた寿命の中で生きるのがこんなにも虚しいものなのかを俺は実感している。
あの時‥アスモデウスの毒で死んでいたら俺はどうなっていたのだろうか。
そう考え込みながら自分たちの家に辿り着けば、高見沢がベッドの上でゴロゴロしながら「早く唐揚げ」と言ってくる。
長い髪は下に下ろされており、部屋着に変わっている高見沢。コイツとの共同生活もあと三年‥か。これが終わると意外と寂しいもんなのか?
「なぁ、高見沢」
「んー?」
「俺たちあと三年だぜ。これからどーするよ‥船頭もあんな調子だし」
「‥‥。船頭を先には死なせない」
「勿論だ。けど、あの様子じゃ‥本当にいつ逝くか分からなくなってきてるしよ‥」
「じゃあ俺らのこの命を船頭に返すか?そうすればアイツはもう少し生き永らえる。家族と過ごせる時間を作ってやれる」
「けど‥そんなの船頭は拒否するに決まってる」
「ならどうしろってんだ?俺は構わんぜ、今すぐに死んでもな。この命は船頭のもんなんだ。文句は言わねーさ」
「それは同じ気持ちさ。俺だって死ぬのなんて怖くない」
「よく言うぜ、ガキが死ぬ時あんなに泣いてた癖によ」
「あれは関係ないだろ‥!ただ、船頭が俺たち罪人の事を理解してくれないまま死なせたくない訳で‥、船頭自身これをやり残したまま死にたくない筈だ」
「分からなかったら死ぬ間際に殴ってでも分からせてやる」
「現実的じゃねーな」
「ここの島で生きてる事自体現実的じゃない。本物の悪魔がいるんだぜ?どう考えてもおかしいだろ」
「そうだけど‥それとこれとは別だろ」
「まぁな。‥‥悪りぃ。俺も内心焦ってるんだ‥」
お互い様にな。
フゥと溜め息をつく高見沢は天井を見つめながら「時間がないな‥」と今度は現実を突き付けた。
「せめて船頭の身体を何とかしてやりてぇわ」
「俺たちに身体の異変がないのは何でだろうな。同じ寿命なのに」
「さぁー?船頭の場合、自分の命を犠牲にしたせいで身体が弱り切ってるんじゃねーのぉ?」
「一理‥いや、百理あるな」
「ったくよぉ、このまま俺たち三人死んだら惨めじゃねーか。悪魔たちの晒しもんだぜ」
「船頭があまりにも可哀相すぎる‥。アイツが罪人を理解してやれる方法って何かないのか」
「‥‥反乱?」
ピクッと動く自分の身体。
高見沢お前、なに言ってるんだよ‥
「また罪人たちを利用するのか‥?そんなの悪魔たちに見つかって全員魂すら消えちまうぞ!?」
「違う‥。俺とお前だけでやるんだ」
「はぁ‥っ?」
「他の船頭たちにも協力して貰えばどうする事だって出来る。俺とお前が他の船頭たちを人質にとるふりをして、船頭の怒りを買った所で俺らとアイツの対決だ」
「‥‥バカだろ。船頭に勝てる筈ない」
「けど、今の弱った船頭だったら或いは‥。まぁ、牢に入れられた罪人たち解き放っちまえばもっと簡単に‥」
「っ‥。おい、高見沢正気に戻れ!!言ってる事がめちゃくちゃだぞ!?罪人たちを放てば今度は俺らの命だって危うくなるかもしれんのだぞ!?今の俺たちはどっちかと言えば船頭側だ。‥確実に殺される」
「‥‥罪人が罪人に殺されるのはカッコ悪いな‥。ははっ」
「‥高見沢」
「説得すればいいさ‥。俺たちは罪人だ。罪人同士にしか分からない心があるのなら、奴らだって俺たちに着いて来てくれる」
「やめとけ、そんな事したら船頭がまた悲しむ!」
「あぁ知ってるさ!!けどよ‥いつまで経っても俺たちの事理解してくれなきゃ俺とお前はなんの為に生かされた!?こんな場所で十年間ムダに働かされて罪人たちの死を見届けるだけのこの時間はなんだったんだよ!?‥俺は船頭が死ぬその時までに俺たちを理解してくれないなら‥‥この手で殺す」
「‥もうこれ以上罪を増やすな」
「どうせ俺たちだって終わりだ。桜井にはそんなムゴイ事なんかさせねーよ。俺は元々人殺しだ。‥どっちみち一緒さ」
「違うだろ?俺たちには償っても償いきれない罪があるじゃねーか。それ以上の罪を背負ってどうするんだよ」
しかし首を緩くふる高見沢。
「なぁ桜井‥。俺ホントはすっげー悔しいんだよ。十年間大ッッ嫌いな奴と過ごしてきて、俺たちはアイツにどれだけ貢献してきたと思ってる?船頭の為にどれだけ働いた?どれだけ看病してきた?どれだけ耐えてきた?」
「それは‥」
「それなのにアイツは俺たちの事を心の底から理解してくれてない‥っ。確かに罪を犯した俺たちが悪いなんて知ってるけどよぉ‥俺たちがここまで耐えてきた意味がないまま死にたくないんだよ‥っ」
「‥‥。」
こんな高見沢の姿を見るのは十年間過ごしていて初めての光景だった。
コイツはコイツなりの不安も不満も抱えているし、何も考えてない訳じゃなかったんだ。
俺だって高見沢の言う事は凄く分かる。
けど‥ここで俺たちがまた反乱を起こしたら、船頭への最大の裏切りだ。
「‥‥まぁ、この話は船頭が死ぬ直前の話だからな。安心しろ、今すぐに殺す訳じゃねーよ」
フッと鼻で笑う仕草を見せた高見沢だったが、その表情には覇気がなかった。
分かってるさ、お前だって船頭を殺したくないのだなんて‥全部分かってるんだよ。
けど、俺たちは船頭を信じるしかないんだから‥
☥
「死にたく‥ねぇよ‥っ」
このままお前たちを理解出来ないまま死にたくなんかない。
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