あやまちを重ねて
「‥‥。」
この静かな場所にザァアアと強く風が巻き上がる異変に気付いた少年は、そのゆっくりとした振り向きざまに「わぁ‥」と呟いたのが二匹の悪魔にも聞き取れた。
マモンに頼まれ、抜け出した罪人を連れて来て欲しいと言い渡されたので、小さな悪の力が放たれてる場所まで来てみればそこは六つの墓石が並んでる墓であった。
ここの一帯だけは何故か優しい空気に包まれており、普段見かけないような可愛らしい野花が誇らし気に咲いている。
墓が置かれてある前で、ぽつんと座っていた少年が目にした悪魔たちの迫力にビビっているようではあるが、悪魔たちは何か仕掛けてくる様子は見られなかった。
少年が座っている方へ近付いてくる二匹の悪魔は、「ここの聖域に罪人が入る事は許されん」とレヴィアタンが言い放つ。
「ご、ごめんなさい‥。お墓を荒らしたい訳じゃないんです」
「‥貴様、よく抜け出したな。確か二十四番とかいう罪人が育ての親と聞いたが」
「はい。‥身寄りのない俺を助けてくれました。だから俺は今この場所でマサ兄に会えた事が心から嬉しいんです」
悪魔たちを怖がる様子もなく、聞かれた質問にはしっかりと答える姿を目にしたベルゼブブは、ほんの少しだけ関心していた。問いただしているレヴィアタンも、この少年に興味を持ち始める。
まだ大人にはなり切れてない心に、僅かながらに残る幼さ。普段相手にしている人間とはどこか違うせいか、二匹ともこの少年に制裁を下す気には不思議となれなかった。
「そうか‥。ところで何故ここへ来た?貴様にはこんな場所、関係ないだろう?」
「いえ、関係ありますよ‥。だって、この人たち‥マサ兄の命令によって死んでしまった人たちなんですよね?」
「‥そうだな。皆よく出来た我らの使者たちであったが‥。あの愚か者の醜い罪人共のせいで若くして亡くした」
「ですよね‥。だから俺が代わりにごめんなさいって謝ってました。こんな酷い事をしたマサ兄のいい所を沢山話してみたけど‥この人たちがマサ兄を許してくれる筈ないですもんね」
「罪もなく皆殺された。あの二人の罪人を筆頭に反乱を巻き起こした奴らは恨まれて当然だ」
するとベルゼブブが説明を付け足すかのように、「だから我々が反乱を起こした罪人共を魂さえも消し去った」と伝えた。
「魂も‥?」
「あぁ、全てこの世から消し去った。反乱を起こした罰だ。奴らはここまで“死にに“来たんだ。なのに我々に歯向かい、この島から逃げ出そうという下らない知恵を働かせて全てが終わった。実にクズの集まりといった所か」
レヴィアタンが座っている少年の隣までやって来ると、慌てて立ち上がる彼を見やりながら「見ておれ」と呟く。
両手を腰の位置辺りまで上げた瞬間、六つの墓石から柔らかい光の玉が一斉にシュウウゥ‥と溢れ出しており、その煌めく温かい光がその場に居た一人と二匹を包んでいく。
この島に不似合いな色と空気が放たれた時、それぞれの墓石の上に現れる六つの人型をした影が現れたのは幻覚ではない。
それを理解した途端、少年は声もあげる事さえ不可能になってしまっていた。
そしてベルゼブブがその優しい色を纏った影たちに「この罪人の話しを聞いてどう思った?」と問いかける。
「‥はい。この子はとても親切で素晴らしい子なんだなと素直にそう思いました」
「こんな場所に来て裁きを受けるにはまだ早すぎるのではないかと‥。しかし、これが決められた運命かと思うと悲しい気持ちです」
「お前たちがそう思うのか‥。ではあの二十四番は許すと?」
その質問に、少しばかりの間が空いてしまった。
しかしそれを打ち破るかのように、かつてこのレヴィアタンの使者であった者がどことなく厳しい口調で本心を晒け出す。
「いえ‥、アイツらがやった事を許した訳ではありません。反乱が起きなければ俺たちは今頃ここの島から離れ、本土で普通の生活を送っていたでしょう‥。坂崎もこんな目に遭う事もなかったと思います。
しかし、この子が語っていたように、あの二十四番という罪人は心から子供たちを愛していたのだと思います。‥聞いていて胸が痛くなるばかりでした」
「殺された奴に同情か?」
「そういうつもりではありません。私たちはただ、罪人たちを憎むばかりで理解してあげられないまま死んでしまいました‥。時々ここへ来ては悩みを打ち明ける坂崎を見ていて、私たちの未熟さを実感したまでです」
強く込められたその言葉には嘘や偽りは見当たらなかった。レヴィアタンもベルゼブブも、彼らの反応でこの少年の罰を決めようかと心の中で考えてはいたが、正常な判断が出来るのは難しいと見ている。
彼らの本音を聞き終えたレヴィアタンが、「そうか‥」と何かに納得した後、後ろに立っていた少年に顔を向けて今度はこの悪魔が言葉を並べた。
「死ぬのが恐ろしくないか?」
「はい。マサ兄の居ない世界なんて俺には考えられませんでした。詐欺を働いて、人々を騙してきた人生です。‥もう誰にも必要とされていないあの世界で生きてたって仕方ありません」
「‥‥。まだ人生の半分も生きておらぬ若造が言うセリフではないわ」
「生意気でしたか?」
「いや、成人してる人間よりかは面白い考えを持っている。お前を殺してしまうには惜しい。ここで生き延びるか?」
「えっ‥?い、生かしてくれたって俺は何も嬉しくありません‥!それに、もうマサ兄の世話になんてなりたくないんです!」
「‥奴が悲しむぞ?」
「分かっています‥。それがマサ兄の犯した罰だという事も。この人たちを殺したマサ兄ですから‥それくらいキツい罰がないと、死んでしまった罪人やこの人たちが報われません‥っ」
「物分かりがいいな、子供の癖に」
「そのようですね」
表情こそ読み取れないが、穏やかに微笑んでいる風に見える彼らは少年の決意に心を揺らした。
彼らを見届けていたレヴィアタンは涙を含むような声の少年に目をやると、ベルゼブブが意図を察して後ろから「少し眠ってて貰おう」と声を掛けた。それと同時に少年の顔へ手をかざすと、フッ‥と突然眠りに落ちてしまったではないか。
自力で立てなくなった少年を抱え上げたベルゼブブは、先に館がある方へと歩き出してしまうが、レヴィアタンは起こしてしまった彼らの魂に向かって「悪かったな」と一言謝ってからその場を後にした。
その数秒後には、もう既に彼らの魂と温かい不思議な光は消えてなくなっていた。
...
「‥っ、!」
「この幼き罪人は貴様の事を心から慕っていたみたいだな。貴様らとは違って綺麗な瞳を持っておるというのに‥この島に連れて来られたのが運のつきか」
「‥‥そう‥かもな‥っ」
ボロボロと溢れ出てきてしまう涙が止められなかった。
眠っている我が子を抱きしめていたこの体に落ちていく俺の情けない涙。船頭にも、高見沢にも‥そして悪魔たち、ここに居る全員にこの涙を見せてしまうハメになっていた。
恥もあったが、そんな事よりコイツがここまでして俺を思い慕っていたなんて‥‥
俺は本当に何をやっているんだ‥っ。バカなのは明らかに俺の方じゃないか‥!
「ごめんな‥!俺が捕まったりなんかしなきゃ‥今頃お前たちとっ‥楽しく笑って、過ごせていたのかもな‥っ?」
だけどもう‥あの頃には戻れない。
二度と‥
こんな俺に声を押し殺して泣く資格があるか?
コイツらを育て上げる事も出来ず‥自分の勝手な満足で八年前反乱を起こした挙句、なくした魂を償う事も出来ないでいる俺に泣く資格があるのか‥?
やっと思い知った“許されない罪”の意味を痛くなる程理解した瞬間だった。
お前なんかが謝らなくたっていいのに‥。俺が犯した罪なんだから‥全部俺の責任なのに‥っ。
「本当に‥‥すまないっ‥」
「‥ううん。謝らないで‥マサ兄?」
俺の声で目を覚ましたのか‥、そっと触れてきたあの頃とは違う大きな手が頬に触れられた。
「‥‥死ぬのは怖くないよ」
「俺はお前を失う事が怖い‥っ」
「でも、マサ兄の犯した罪だもん‥。これくらい我慢しなくちゃ‥。ね?」
そんな素直な笑顔を見せられたら格好つけて頷くしか出来なかった。
「なぁ、マモン‥」
「なんだ?」
「この子を‥楽に死なせてやっちゃあくれないか‥?」
この俺の願いに、船頭が慌てて「何をバカな事を‥!」と口を挟んできたが、マモンは「その願いに応じよう」と思いもよらない返答が語られた。
船頭も高見沢も思わず「えっ‥?」と声を漏らしていたが、椅子に座ったままだったマモンは、そんな声を気にする事なく俺たちの方へフワッと一気に飛び降りてきた。
レヴィアタンとベルゼブブに「良いな?」と尋ねるも、二匹の悪魔はそれをあっさりと了承してしまった。
そして「最後に言い残した事は?」と俺たちに時間を与えさせてくれるこの優しさ。逆に不気味なのは言うまでもない。
だけど、こればっかりはマモンたちに感謝しなくちゃな‥
涙を拭い、ちゃんと向き合ってみせる。もう逃げない。俺はお前の死を受け止める覚悟は出来た。
「ねぇ‥マサ兄」
「ん‥?」
「俺‥マサ兄に拾われて良かったよ」
「‥そうか?それなら俺は喜んでいいんだな‥?」
「うん。マサ兄たちと暮らしてるあの頃が一番楽しかった‥。マサ兄が仕事から帰って来て、俺たち子供を全員引き連れて夕飯の買い出しに行ったり‥みんなで遊びに行った事も‥ずっとずっと忘れられないや‥」
「あぁ、俺もだよ。今でも鮮明に覚えているさ。‥あの頃のお前はお調子者だったからな‥。すぐ迷子になるし、店の物を勝手に盗んでくるわで‥」
「詐欺師の部分のマサ兄に認めて貰いたかったんだってば」
「‥ありがとな」
ダメだ‥
また涙が溢れてくる‥っ。
そしてマモンの「もう時間だ」という言葉で身体が一気に震え上がってしまった。しかしこれは約束だ‥。ただでさえ瞑道の窯で死んでいく筈の罪人なのに、それを見逃して貰えてるという事は‥俺はこの悪魔たちに今は何一つとして逆らえない。
コクッと頷いた俺を見た三匹の悪魔は、俺たちを囲むようにして周りに立った時、いきなりグイと下から俺を包み込んでくれたその大きな腕と残されたこれで最後の言葉が耳許で囁かれた。
「‥生まれ変わったら‥俺とマサ兄、また親子になれるかな‥?」
「あぁ‥っ。当たり前だろ?俺が死んで‥また生まれ変わったら、‥お前と本当の親子になれるといいな‥」
「‥ありがとう、マサ兄っ‥」
「こっちこそ‥沢山の事を気付かせてくれてありがとう‥」
悪魔たちの囁くような呪文が終えた頃、複数に光る魂たちがリンッ‥と音もなく成仏していった。
俺は暫く立つ事も不可能で、泣いてこの子の体を精一杯抱き締めるしか出来なかった。
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