明日の鐘 - 30/31

私は今、教会の屋根に座りながら見慣れた町を眺めていた。

風が気持ち良くそよぎ、ハーフアップにしている私の長い髪がゆらゆらと風と戯れている。

もう人間界に落ちてから一年が過ぎており、町のみんなは私を智天使として‥人間として既に立派なこの町の住人として認めてくれていた。

教会の前には“明日の鐘”と“希望の鐘”が仲睦まじく並んで立っている。私しか鳴らせない“明日の鐘”。それはこれからも鳴らし続けて私はみんなに幸せになって貰いたいから綺麗な音を奏でるのだ。

そして隣に佇んでいる新しく出来た“希望の鐘”は私以外が鳴らせるもの。

初めてサクライとサカザキが鳴らしてからは、みんながこの鐘を鳴らしに来ては私に幸せを願って欲しいと告げて帰る。私が落ちる前から既に結婚式を終えていたり、ずっと独り身の人だっているのだから私はその人達までもが‥全員が幸せになって欲しいから毎日“明日の鐘”を鳴らす。

午前七時になる三十秒前に私は梯子を使い屋根から降りて鐘の前に立つ。

そして時間になれば私は“明日の鐘”を町全体に響き渡るよう力強く‥それでもって優しく鐘を鳴らしてみせる。

明後日はサクライの結婚式があり、盛大な結婚式になるだろうと確信していた私はもう何日も前から準備をしている。まぁ、贔屓というのもあるが‥私はサクライに本当に幸せになって貰いたい。

あんなにも女には興味がなかったサクライがサカザキより先に結婚をするだなんて驚きだったが、私はその話を初めて聞かされた時は自分の事のように嬉しかった。

嬉しすぎて涙を流したのには「大袈裟だよ!」と言われたが、本当に‥本当に心から嬉しかったのだよ。

そしてサカザキはというと相変わらず女性と遊んではいるが、それはちょっと違うとか。サカザキ曰わく困っていたり傷ついている女性を助ける為に一緒に居てやってると言っていたが、少し信用出来ない部分もあるにはある。

それでもアイツは優しいし、みんなから愛されているし、恐れられているのには変わりないからなぁ。

 

「タカミザワさん!」

「おぉ、どうしたタロウ?」

「コウセツさんがサクライさん達のスーツとウェディングドレスが出来上がったって報告が入りましたので後で最終確認しに行って下さい!」

「分かった。‥きっと似合うだろうな‥サクライ達」

 

正午を回る一時間ほど前にサクライとサカザキが教会に来てくれて、私達は三人で鐘の前で話している最中。

「なぁ‥サクライ、サカザキ。歌の“明日の鐘”は誰が作ったのだ?私はてっきり悪霊天使が作ったものだとばかり思っていたが‥」

「さぁな。それは俺達も知らねぇんだよ」

「なーんかあの歌さ、タカミザワが落ちてくるのをまるで分かっていたかのような歌だよな。誰が作ったんだか」

作者不明‥か。

そんな誰も知らない人が書いた詩がいつまで経っても歌い継がれている事に私は感動していた。さっきのサカザキが言う通り、みんなはこの歌は私の為に作られたような曲だと言ってくるのだ。

だからこの“明日の鐘”という歌は、今までサクライが歌っていた所を私が歌うようになっていった。だから今、“明日の鐘”を歌うのも鳴らすのも私一人だけなのだ。

 

「タカミザワは結婚しないのか?」

不意にサクライが質問してくるので私は首を縦に振った。

「私はみんなの幸せを願う者。そんな私がみんなより幸せになってはならない‥。だから私は死ぬまでここで一人鐘を鳴らし続ける。早くサカザキにも幸せになって欲しいものだな」

「バカ言うな。俺は生まれてからずっと幸せだい」

「意地張ってる」

「サクライ、てめぇ自分だけ抜け駆け出来たからってあんまり調子のるんじゃねぇぞ!」

相変わらずの二人でもあるが、未だに酒場でよく喧嘩をしていてタクローさんに怒られている。そんな二人の仲裁に入るのが私で、殴り合いになった数秒後に止めに入ると決めてある。何故数秒後かというと、二人の喧嘩はこの町の名物でもあるから客に少し見せてから止めるのだ。

いいタイミングの所で止めさせる為、客達には不評だが私はサクライとサカザキの男らしい所を見れるだけで充分だったからそれで良かった。

 

「‥なぁ、タカミザワ」

「なんだサクライ?」

「まだ天界に帰りたいって思うか?」

「そんな事はない」といつもの調子でふざけた口調で言うつもりだったが、サクライの真剣な顔を見てしまった故に私は正直に思ってる事に応えた。

「それはもちろん帰りたいと思う時もある。あちらには沢山の友も家族もいたしな‥。だが、私はこの町が好きだ。有り難い事に私は多くの人々から愛されている。私はそれが嬉しい。みんなが笑顔で私に“幸せになる‘’と誓ってくれる事が何よりの幸せだ。そして‥そして、サクライとサカザキ‥お前達がいるだけで私は他に何もいらない。好きだ。‥二人が大好きだ」

「タカミザワ‥」

「顔真っ赤にして言うなよ‥。見てるこっちが恥ずかしくなる」

そういうサカザキも照れており、ぷいと顔を背けている姿が可愛らしかった。

サクライは「ありがとう」と呟き、私の背中をポンと叩く。

 

「‥!イテテっ?」

「あっ、わりぃ‥!まだ痛いのかよ?」

「あ‥あぁ。ハセガワ達が言ってたように、この傷跡の痛みは一生掛かっても取れない。だ、だが平気だぞ!」

笑ってみせるが、サクライとサカザキはまだ申し訳なさそうにしている。もう、とっくの昔に終わってしまった事なのに二人は気にしすぎだ。

「それよりギター持って来ておるのだろう?三人で歌おうではないか」

「いいよ。何歌う?」

サカザキが自分の分とケースに入っているギターを私に手渡すと、サクライが何も言わずとも分かってるかのような表情で私を見てきた。

 

「“明日の鐘”だ。みんなの幸せを願う為に私は鐘を鳴らし、歌い続ける」

持っていたギターを握り締めながら私は“明日の鐘”の下に立つと、サクライとサカザキも隣の“希望の鐘”の下に立ってみせる。

 

「人は昔、空を飛べたのだ‥。だから私は‥‥」

 

“明日の鐘”と“希望の鐘”の紐を三人同時に引っ張ると、透き通る鐘の音が町中を包んでいった。

 

私は人間であり、智天使。

この町の人々の幸せを願う者。

 

え‥?

私が天界に帰ったかって?

 

 

それはまた別の話さ。

 

fin.

→あとがき

 

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