「桜井、本当にごめんっ」
さっきから謝り続ける幸桜に桜井はいい加減うんざりだった。
確かに幸桜を助けようとカミソリを持ったままだったのに動いたのがきっかけといえばきっかけだ。
でも、カミソリの存在を無視して動いたのが悪いんだし。
手入れの途中だった顎髭は無惨にも半分欠けてしまったがそれも自分が悪いと思う。ちゃんと考えればこうなる事も分かることだ。
中途半端もカッコ悪いのできれいに剃り落としてしまえばちょっと寂しい感じがするが大きな怪我がなかっただけマシだと思いたい。
それに無くなってしまったものはしかたない。
また生やせば良いだけだ。
幸桜がそこまで謝ることではない。
それより早くご飯を食べさせないと仕事に遅れてしまう。
「幸桜、本当にたいしたことないんだから」
「でも……」
頑なな態度にさすがに桜井もイライラしてきた。
「もういいってば。それとも何か?幸桜は髭が無いと嫌なのか」
「そうは言ってない‼」
「じゃぁ、良いじゃないか。俺が良いって言ってるんだから」
「でもオレのせいで……」
「違うって」
「……桜井怒ってるし」
「怒ってない」
そう言えば黙り込んでしまった。
怒ってはいない。
しつこい幸桜に呆れているだけだ。
何を言ってもムダだと思った桜井は黙々とご飯を食べるが幸桜はちっとも動かない。
ため息をついて箸を置く。
「幸桜は髭がないと『桜井』って認めてくれないのか?」
できるだけ優しい声になるように気をつけて問う。
「髭があっても無くても俺は俺だよ。それに髭はまた伸ばせば元に戻るんだし。気にするな、って言っても気になるんだろうけど」
「桜井は桜井だ。見た目だけで……」
桜井の問いに幸桜が小さな声で答える。
しかし俯いたままだったこともあり桜井は最後まで聞き取れなかった。
何て言った?と聞き返せば幸桜は何でもない、と勢いよく首を振った。
桜井はもう一度続きを催促する。
しばらく唇をかんで抵抗していたが沈黙に耐えきれなくなった幸桜はようやく口を開いた。
「見た目だけで桜井を好きになったわけじゃないからっ」
言ったは良いが恥ずかしさで真っ赤になって顔を上げられない幸桜を見て桜井は自然に笑顔になった。
こんな自分を丸ごと好きになってくれる人に出会えて良かった。
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