罪人たちの舟 終焉(demise)
今日も今日とて罪人たちを島へと運んでいく。
今回もそこまで人数が多くなく、二十人前後だった気がする。とは言え強欲の罪の舟に乗ってる人数はまぁまぁいるので、ちょっとだけ俺が大変ではあるがそれは仕方ない。
強欲と言っても金が全てではない。強欲=金にがめついみたいなイメージが強いだろうが、それだけじゃないんだよね。際限のない欲を持つ者は大勢いる。名誉や愛、社会的地位などを欲している人間なんてそこら中にいるじゃないか。そういう人たちのことも強欲って言うんだよ。だからその欲に囚われた者たちが乗る舟ってのが俺が漕いでいるこの舟だ。
ま、島で今も働いている罪人のうちの一人は金にとてもがめつい詐欺師だったし、もう一人は愛に飢えて愛を欲しがっていた狂愛者だったんだもの。そりゃあ俺の舟に乗せられますわ。とは言っても二十四番も言ってたが、アイツは傲慢の罪でも間違いではなさそうではあるんだよね。そこはもう俺たちが決める仕事じゃないからどうしようも出来んけど。
皆暗い表情で全ての希望を諦めたかのような顔をしては大人しくしているだけ俺たちは楽だ。暴れ回ったりする奴もいるにはいるから、こうして今自分の罪を受け入れかけて気分が滅入ってくれていた状態の方が運びやすいから俺としてはこっちのが有難い。
霧の中を進んでいき、現れるのは大きな島。償いの島。
七隻同時に漕ぎ進めていけば、向こう岸にいた二つの影がそこにはいるのでアイツらに毎度のことながら手伝ってもらう。手際はいいので本当に助かるね。
「ねー、船頭ぉ〜」
「んー?」
罪人たちの数を数え、点呼も終えた時に七十二番が俺に話しかけてくる。二十四番は他の仲間たちと舟を片付けしに行ってるので今ここにはいない。
「今悪魔たちいないじゃーん?アイツらいつ帰ってくんのぉ?」
「さー…?多分裁きの日までには帰って来るとは思うんだけどな…。細かいことあんまり言ってくれなかったから俺らも分かんないんだよねぇ」
そう、今悪魔たちは全員この島にはいない。魔界に帰ってしまっているからだ。そりゃあね、ここの島だけにずっと居座ってる訳にもいきませんからね、あの大罪の悪魔ですから。悪魔たちが定期的に魔界へ帰ることはあるにはあるが、正月以外でこんな全員一斉に戻るのも珍しいんだよな〜。
すると向こう側から「もういいですよー!」という仲間の声が聞こえてきたので振り返ってみると、二十四番たちが舟の片付けから戻ってきたところだったので、全員揃ったから俺たちは罪人を囲いながら収容所へと歩いて連れて行く。
特にこれといったトラブルもなく、今回みんな大人しくしてくれていた方なので助かる。人数も少ないから今回も一人一部屋に振り分けられたのも良かったかもしれない。近くにいた二十四番に「これから話し聞くのか?」と尋ねてみせるが、今日はもう時間が時間なので明日にするとのこと。
「そっか。ならまた明日頼むわ」
「おうよ。船頭たちも話し聞くんだろ?」
「そのつもりだよ。悪魔たちがいないけど、取り敢えずはいつも通りの業務こなすだけだからね」
「はいよー」
仲間たちと外へ出てから軽くミーティングをしたあとは、一人がここへ残って見張りをする。しかし俺と二十四番七十二番はもう見張り役の仕事はとっくにしていない。俺の場合、みんなが俺の体調面を心配してくれて夜はしっかり休んでて欲しいとのことなのでそれに甘えて六人に任せている。本当に優しい子たちだよね。今は七十二番も俺と同じく体調が優れない日もちょくちょくあるようで、それ以来しなくてもいいとなり自動的に二十四番もこの夜の見張り役だけは除外されたって感じ。昼間とかはもちろん俺らもやってるからね?
「んじゃあ、今回は人数も少なめだけどいつも通り明日から頑張っていきましょう!今日はあがり!」
「はい!」
「お疲れ様でした!」
「うん、お疲れ〜」
悪魔たちもいないので今日は報告することもしなくていいからここで解散とする。なので俺も二人の罪人も家へと一直線へと帰ることとなるが、館へ行って業務報告しないだけでこんなに早く終わるんだもんな〜。マモン様たちがいたらとてもじゃないが言えないけど、正直めちゃくちゃ楽だし嬉しい。俺も老いてきているこの体なうえに、寿命も少ないからちょっとでも体休められる時間があるとホッとするんですよね。
家の前まで来たら二人とは分かれ、「んじゃまた明日」とだけ告げれば「お疲れ〜」という言葉が返ってくるのでこちらも一応「お疲れさん」とだけ返し、そのまま家へと入っていく。
今日もお疲れ様でした俺!
╋━━━━━━━━━━━━━
「ん?お前、何してんだ?」
「……、」
とある牢の前へ行くと一人の罪人が必死で床に爪か小石のような物の何かでガリガリとよく分からない図?マーク?を書いている。
不思議に思い、声をかけてみせたがブツブツ独り言を言ってるだけで俺の問いかけには特に反応はしてくれないのできっと死を目前にして精神やっちゃった系の罪人なのかなと思えば俺はそのままスルーせざるを得なかった。
…さて、そろそろ見張り時間の交代だからちょっとお手洗いにでも行っておこう。コイツ以外は終始大人しくしているし、目を瞑っているのか寝ているのかは知らないが静かにしてくれている奴らばかりだからな。
そう思い、俺はほんの数分この場から離れることにした。
「いやだ……死にたくない…。神様お願いします…助けて下さい……」
ガリガリと地面に書いている男は、ただひたすらに助かりたいと思っているだけ。自分が本当に死ぬのだなんて信じたくない、帰りたいと必死に願ってしまったせいなのだろうか。
地面に書いていたものとは五芒星。自らを守る為の魔除けの呪術。しかし一つ間違えればそのマークは何者かを呼び出す為のものと変わり果ててしまう。
呪術や魔術への間違った認識とうろ覚えの知識ではとてもじゃないが、その効果は発揮されることはまずない。その罪人が藁をもすがる思いで助かりたいと願ってしまったが故の愚かさ。軽い気持ちで行われる呪術行為がどれほど危険ということかも知らずに男はその何者かを召喚してしまい、今目の前の地面から浮き出てくる黒いモヤのようなものに目を惹かれていく。
不気味なほどに黒く、それがなんなのかも全く分からずじまいな男の虚ろな目に映った最後の景色とは…。その黒いモヤから飛び出てきた大きな刃物のような物で首をスパッと一瞬で斬られたかと思えばその男はその場でドタッと倒れ込んでは息をするのを止めるしかない。
しかしその斬られた首は無傷。
その黒いモヤが男の死を確認すると、そのまま男の中へとズズズ…と体の中へと入り込んでいってしまったようだ。その直後にムクリと起き上がるその体は最早この男の物ではなくなっていることには誰にも気づかれていない。
そして見張り役の船頭たちが戻ってきたその声だけは確認出来たが、二人の船頭がこの男の異変に気づくことなく朝を迎えることとなってしまう……
「代償は頂くぞ」
☀︎*.。
朝日が昇っているであろう時間帯に目が覚めるが、もちろんほぼ毎日ここは曇りなので天気のことはあんまりよく分かっていない。でもアラームよりも少し前の時間に目が覚めたのでもう朝日はきっと昇っていることでしょう。
起きて朝の支度をして、朝食を食べ、着替え終えるといつもの時間に家を出る。するとちょうど隣の家からも二人が出てきたので「おはよう」と挨拶すると二人して「んー」なんていうテキトーな返事が返ってくるだけ。うーん…昔みたいに嫌味言われなくなっただけ全然マシだからもう気にしてないんだけどね。
三人で取り敢えず罪人たちを収容してる施設まで来れば、先に来ていた仲間たちが「おはようございます!」と元気に挨拶してくれる。
「おはよう。まだ来てない奴いる?」
「はい、まだ揃ってません」
朝礼の時間までもう少しあるので俺は別にそこは気にならない。今日はまだ悪魔たちもいないし逆に緩くやっていけたらいきたいのが本音だ。
数分後、全員が揃ったので見張りをしていた者たちからの報告や、今日行う業務の確認などをしてから仕事開始。一旦罪人たちを牢から出して点呼をしつつ、作業場まで列をつくって歩かせて移動をしてもらう。うん、俺の舟に乗っていた者たちもちゃんと全員いる。人数も変わってない。よし。
てことで、移動をしていく。
二十人程度いる罪人たちを囲い込むようにして彼らの周りを歩き、作業場へと移動している時に気づく違和感。
あれ?と思い、少し前を歩いていた罪人の様子がなんだかおかしいのでソイツの隣まで行き「おい、大丈夫か?」と尋ねてみせるがソイツからの返答はない。というよりなんかコイツの挙動さっきからおかしくね?動きがフラフラしてるというか、目も焦点定まってないし歩き方もおかしい。生気を感じられないということは……まさかクスリやってんのか??
不信感を覚え、後方にいた二十四番に「ちょっと二十四番来てくれ!」と声をかけると素直に俺の方まで小走りで隣までやって来る二十四番。「なんだよ」と言われたので、事情を説明する。
「この罪人、もしかしてクスリやってる?お前なら分かるだろ?」
「んんー?」
当の罪人を確認する為にこの男をジーッと見やる二十四番。やはりコイツがおかしいと気づいたのか、「おいお前、クスリ隠し持ってやってたんか?」と直接聞いてみるが反応がない。
「ダメだ、俺の声聞こえちゃいねぇな」
「やっぱやってるかコレ?」
「可能性は高い…が、なんかちょっと違和感感じるんだよなぁ…」
「なにが?」
「腕とかに注射の痕も全くねぇし、炙ったりする程度じゃここまで廃人同然にはあんまならないんだよ…。あと匂いもしねぇし。錠剤タイプや粉をそのまま摂取してたらここまでになるにはなるが、俺が死にかけたあれ以来身体検査もめちゃくちゃしっかり本土の方でしているんだろ?クスリ持ってこれるとは思えねぇんだけどな…」
「掻い潜られたか?」
「分からん。取り敢えずコイツは俺が向こうに着いたら一旦みんなと離してから介抱してやるわ。それでもいいか?」
「お前がいいなら別に構わんぞ。じゃあよろしく頼むわ」
「おう、分かっ……」
二十四番が返事をしようとした瞬間、二人して背筋がとんでもなくゾクッとしたのでバッとこの男の方を二人で見やると、明らかに首の角度がおかしい曲がり方をしている男が俺と二十四番を生気のない濁った目でこっちを見つめているではないか。
なんだ!?と思い、慌てて距離を置こうとするもその罪人はいきなり俺たちに向かってとんでもない力で襲いかかろうとしてくるので俺も二十四番も必死で抵抗するしかなかった。
そんな騒ぎがあったせいで歩いていた罪人たちの列は止まり、俺たちの攻防の声と音に気づいた仲間や七十二番が一斉に「どうした!?」やら「何があったんです!?」という声があちこちから聞こえてきたので二十四番が「罪人が一人暴走を始めた!!」と全員に聞こえるように大声で伝える。なのでみんなが俺たちの元へと集まってこようとする中、フッ…と一瞬だけ力が抜けたこの男。なんだっ?と思ってしまい、身構えることを怠ったせいなのか……
スパンッ…、と何か大きな鋭利な物で俺の体はほんの一瞬で斬りつけられてしまったようだ。
「えっ……?」
身構えたのが遅れたせいなのか…、それともこの棍棒自体がもう使い物にならなくなっていたのかは分からないけれど…
棍棒が真っ二つに斬られてしまい、自分の体を庇えなかった俺の胸から腹にかけてとんでもない斬り傷が出来てしまっていた。
それを間近で見ていた二十四番が目を見開いて驚いており、一瞬言葉を忘れたかのような動揺した表情と仕草。俺は訳も分からず反転する世界の中、ドシャッと地面へとぶっ倒れていくしか出来なかった。
「せ…」
ダメだ…。動けない…
二十四番の大声だけが無慈悲にこの耳に届くだけ。
頭が…ボンヤリする……
「船頭ッ!?」
なんだったんだ今のは…?何が起きた?今船頭は奴に何をされた??
一緒にいて隣にいたはずなのに全くその様子が目に留まらなかった。意味が分からない…
この罪人からの反撃に抵抗していたら、急に力が抜けて俺と船頭が油断したその隙に何かとんでもなくデカい刃物みたいな物が船頭を一瞬にして斬っていったのだけはなんとなく分かった。だが、この棍棒が折れるだなんて今まで見たことも聞いたこともなかったのに…この棍棒はあの神聖な木から削り取られて作られたかなり高度な代物だというのに…
なんでだ…??
「船頭!!おい、船頭ッ!!」
「……ぅ…」
ぶっ倒れた船頭の体を咄嗟に上半身だけ抱えあげてはみるものの、とんでもない量の血が流れ出している。このままじゃ失血死しちまうぞ…!!
船頭のこの状態を見てしまった近くにいる罪人たちが突然騒ぎ始め、全員がザワザワし出してしまったせいでこんなの仕事どころじゃねぇぞ…!
焦っていると他の船頭たちや高見沢がすぐさま傍に寄ってきては「坂崎さん!!」とコイツに呼びかけてはいるが声はほぼ届いていないようだ。すると咄嗟の判断で高見沢が大きく声をあげる。
「このままだとこの場がパニックになってヤベぇことになり兼ねんぞ!?1番から4番までは俺とここに残ってこの状況を収めるから桜井と5番6番は急いで館の方へ行けッ!!」
「でも今は悪魔たちが魔界に戻ってるので坂崎さん、このままだと助からないんじゃ…!?」
「この場にいてこの斬りつけてきた奴の傍にいるよりかはまだマシだろ!今はいなくても悪魔たちの力があの館には働いてるんだから、今すぐ船頭を避難させろッ!!」
「わ、分かりました…!」
「お前ら俺の背中に船頭乗せろ!」
「はいッ…!!」
俺の指示に従い俺の背中になんとか船頭をおぶさることが出来たので、俺は高見沢に向かって「気をつけろよ」と言い残す。
「その罪人、多分もうこの世のものじゃねぇぞ」
「分かった。桜井も船頭のことよろしく頼む」
「あぁ」
互いにコクンと頷きあったのち、俺と5番6番で悪魔たちの館に向かって走り出し、高見沢と残りの船頭たちはどうにかしてこの場を制圧することを試みる。
頼む船頭…、お前はこんなとこで終わっていいような奴じゃねぇだろ…!?
俺たちはまだ生きなきゃいけねぇんだよ!!
ーー死なせない…!!ーー
ーー船頭は絶対に死なせねぇ…!!ーー
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