罪人続編 番外編弐 - 19/32

変わりゆく正義よ

 

シンと静まり返った部屋の中‥

もう朝か‥。桜井の奴、結局夜中に何も行動しなかったな。それはそれでいいんだけどさ。

先に起き上がり、寝不足がヒドい表情と若干フラフラしている頭を持ち上げて、着替えや準備を進めていってると、ようやく物音に気付いた桜井が目覚めてくれた。

 

「‥はよぉ」

「おはよー。泣いてる跡がほっぺに残ってるぜぇ」

「えっ‥!」

 

慌てて自分の頬に手を当てて拭う仕草を見せる桜井に、思わず吹き出してしまった。すると桜井は複雑な顔をして俺の方を見てはフイとそっぽを向いてしまった。

三十五の大人の男がやる仕草じゃねーっつぅの。

そんな桜井もようやく起き上がり、仕事に行く為の準備に取り掛かり始めていた時だった。

ノックもせずにいきなりドアをバンッと開ける船頭が中へと入って来ては、血相を変えて「二十四番ッ‥!!」と大声で叫んでいる姿が映った。

この状況下なだけに、いつもながらの嫌味で「勝手に入ってくんな」とは二人共言えず、ピタッと同時に止めた動作のまま次に出てくる船頭の言葉を待つしかない。

奴もまだ着替えが半分終えてなく、明らかに慌てて来ましたといったダラけた服装だ。

 

「な、なんだよ船頭‥」

「今すぐ来いッ!!マモン様の所へ行くぞ!!」

「は‥?なんでマモンの所なんかに‥」

コクッと唾を飲み込んだ船頭は、俯き加減でさっきとはまた打って変わって思い切り声が小さくなっており、こんな説明をしてきた。

 

「‥あの子がどこにも居ないんだ」

「は‥?」

「お前、あの子を逃がしたりはしてないだろうな?死なせたくないからって、島の外へ出したとかじゃ‥」

「いや‥‥、ちがう。‥俺は何もやってない‥っ」

「本当だろうな‥?」

疑う船頭に、桜井をフォローしようと「コイツは一晩中ここに居た」と告げると船頭は顔をしかめ、あまり納得いかなさそうな表情を見せる。

 

「‥今さっき仲間が罪人たちを牢から出すまではちゃんと全員居たんだ。けど、その隙に逃げ出したりとか‥。お前なら俺らの行動は十分に把握してあるし、もしかしたらお前が居なくても逃げ出せる為の用意とか知識を叩き込んだりしてないよな?」

「するもんかッ‥!俺は本当に何もしていない!!」

「‥‥分かった。俺は信じてる。お前が詐欺師だろうが俺は二十四番を信じてやる‥が、問題はマモン様だからな?」

「‥‥あぁ」

俺たちも早急に着替え、ものの三分くらいで家から飛び出ると三人で館がある方向へと全速力で走り抜けて行った。

途中、施設に寄りながら船頭は仲間たちにここは任せたと三人に伝え、もう三人には行方不明になったガキを捜索する方へと回っており、朝っぱらから何だか忙しい状態だ。

 

「悪い、待たせた。‥行くぞ」と船頭が戻って来たと同時に俺たちもまた走り出す。

そして数分間の全力疾走を終え、今しがたマモンの部屋の前に辿り着いた所だ。上がった息を整えている俺ら二人に対し、船頭はケロッとした顔で大きすぎる扉を開け放ち、「失礼します」と一言添えてから中へと足を踏み入れた。

その後に続く俺と桜井は、マモンが座っている場所からある程度の距離を保ちつつ、アイツを見上げると隣に居た船頭は跪いては「遅くなってしまい申し訳ありません」なんてほざいていた。

 

「‥また罪人が逃げ出したらしいな」

「まだ逃げ出したかどうかは‥」

「坂崎、お前は下がっておれ。私はそこの罪人と話しがしたい」

「はっ、」

跪いていた船頭が一歩だけ後ろに下がる代わりに、フラッとしたおぼつかない足取りの桜井が、マモンに向かって「俺は何もしていない‥」と否定から入った。

今の桜井が心配ではあったが、俺なんかが口を出さない方がいいだろう‥。これは桜井自身の問題だから。

隣に立つ船頭と顔を見合わせ、小さく頷いてしまえばお互い静かに待つ方を選んだ。

 

「貴様があの少年の罪人と深い仲だという事は大体分かっておる」

「あぁ、そうさ‥。アイツは俺が育てた大事な子供だ。‥けどっ!俺はアイツを逃す手助けなんてしてない!!」

「誠か?」

「そりゃ‥逃がしたい気持ちはあったさ‥。それに、何度も何度も逃がそうと計画を考えてた。でも、そんな事をしたらアイツは俺らと同じ末路を辿るだけだ‥っ。それだけはどうしても避けたかった‥

だから‥!俺はアイツに今日死んで貰う気持ちでいた。ウソじゃない!」

「ウソではないと?」

「当たり前だ。‥アイツ自身もう生きてる意味がないって言ってた。それに、この島に連れて来られたんじゃ‥助かる訳がない‥!」

「稀に見逃す罪もあるであろう?」

「あったとしてもこの島から出られた奴なんか八年間住んでて見た事がない。‥だからもう、俺は諦めていた。親の最後の役目を果たす為に、今日アイツが死ぬ所をこの目で見届けようと‥そう思っていたさ」

 

なのに当の本人が見当たらないというな。桜井がどういう心境かは俺なんかが到底理解出来るものじゃないだろう。

まともにマモンと話してるあたり、まだ心に余裕がある証拠だとは思いたいが‥。マモンの放つ一言一言が桜井の心情に不安を与えさせてるようにしか見えない。

‥っんとに性格悪りぃな、俺ら罪人には。

だけど俺は黙っているしかなかった。

 

「そのセリフ‥信用出来る言葉であろうな?」

「誓う。俺はアイツを逃がしてなんかいない‥!」

「‥貴様、人を騙すプロだと聞くが」

「あぁ、そうさ。詐欺師ってのは認める。けど、この島に誰も騙す奴なんて居ないし騙しがいのある奴も居ないからよ‥」

「ならば先程述べた言葉に嘘偽りが混じっている可能性もあると?」

「違う‥!本当に俺は何もしていない!船頭たちや高見沢だって騙していないッ!!」

「ほぉ。では私たちこの島を支配する悪魔を試そうとしておるのか?それくらいはお安い御用であろうしなぁ。その必死さ加減は詐欺師の貴様が私たちを欺く為の演技だとしたら‥」

「違うッ!!!」

桜井の叫ぶような大声が部屋中に響き渡っていくのが耳に残った。

ビリッと床を伝うような、鋭く放たれた勢いの振動が足の裏から感じ取れたのは気のせいではない筈だ。

俺も動き出したくて叫び出したくて堪らない体であったが、これじゃあ意味がない。桜井の邪魔立てなんてするもんじゃねーしよ‥

船頭を見やれば、僅かに目を見開かせて桜井を真剣な眼差しで見つめていた。コイツは今何を考えてる?

‥もういい。

ごちゃごちゃとした頭を振り払い、桜井とマモンの居る方向へ顔を向き直すと、マモンは黙ったまま桜井を見下ろしていた。

 

「‥演技なんかじゃないっ。全部‥本心なんだってば‥!」

「‥‥くだらぬ」

 

そのマモンの一言で、船頭が今にも口を出しそうな雰囲気をしていたので、前に出そうになっていた船頭の体を咄嗟にグイと止めさせた。

意図を察してか、船頭はハッとして小声で「悪りぃ‥」と謝ってきた。桜井を庇おうとしてくれる精神は有難いが、ここはお前の出る幕じゃない。無闇に絡もうとすると、逆にお前と桜井の関係が余計にこじれるしな。

すると後ろで見守っているだけの俺たちの更に後ろから、バンッと凄い勢いで開かれた扉。

いきなりの物音で三人同時に肩が跳ね上がり、パッと振り向いてみせるとそこに居たのは二匹の悪魔だった。

 

「れ、レヴィアタン様‥っ?それに、ベルゼブブ様まで‥!何故ここへ‥っ?」

驚きの声を上げる船頭をよそに、マモンが「見つかったか?」などと会話を始める。

それに答える悪魔二匹は、「こんなバカげた事に手伝わされた我々の身にもなれマモン」とか言いながら文句を垂れていた。

 

「坂崎たちがここへ来ると分かっていて離れられんかったからな」

「知ったことか。‥例の罪人、コイツで間違いないだろうな?」

ベルゼブブの腕の中にすっぽりと収まっていたのは、紛れもなくあのガキだった。

 

「‥‥あっ、」

「案ずるな。眠っておるだけだ」

「‥そう‥か」

レヴィアタンの言葉に、心底安堵した様子の桜井ではあったが、次に問われる「どこに居たんだ?」という質問にはベルゼブブが答えた。

「‥墓の前におったぞ」

「墓‥?」

 

なんで‥墓なんだ?

 

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