Rtf15
俺と桜井は元々中学からの同級生だった。
別に何の事もない、ただ普通の友達関係なのは周りから見ていたら分かるもの。高校は別々な所へは行ったものの、案外付き合いは長く続いていたんだ。そうしたらいつの間にか大人になった時まで連絡も取り合い、飲みに行く仲でもあった。
俺は大学を卒業してから、親が経営していた会社を何年か働いてからそこを継ぐ形となり、若くして社長と呼ばれていた。その頃はまだそんなに大きくもなかったし、名も知られてなかったんだけどね。
一方桜井は、大学を卒業して一流企業に就職しながら、大学生時代に付き合っていた彼女とは順調にやっていたんだ。そしてその二年後くらいには結婚してたな、確か。俺も式に呼ばれた一人だったし。
お互い忙しくもあったけど俺は俺で成功しつつあり、桜井は桜井で幸せな人生を手にしていったんだよ。
それでな、ある日桜井から一本の電話がかかってきたんだ。
アイツの声はまるで憔悴しきっている病人のような声色で‥そして震えた声で俺に伝えて来た。
「アイツが‥‥事故にあった」
それだけをポツリと言い残し、彼は電話口の向こうで泣きじゃくっていた。その姿が想像出来てしまう程、彼の嘆く悲しみの声が俺に伝わって来たんだ。
それに、桜井の嫁さん‥あの時、お腹に新しい命が身籠っていたみたいで、それもあってか桜井は精神的にもかなりのダメージを喰らったらしい。
「お腹に‥赤ちゃんが?」
「あぁ。結局嫁さんもお腹の中の赤ちゃんも死んじまったけどな」
「‥‥。」
「同情した?」
「‥いや、別に同情なんて‥」
「じゃあ、これはどうかな。その嫁さんと赤ちゃんを殺したのが俺だって言えば、お前は俺を許せるか?」
「‥‥。」
「その日の昼頃、車を運転していた俺は午後のスケジュールを頭で考えながらボーッとしながら走っていたんだ。‥そして横断歩道を渡ってる女性に気付かなくて、ね」
「‥‥それが、奴の嫁?」
「そう」
淡々と喋る俺に、高見沢はさっきから口が開きっ放しで他の言葉があまり上手く出てこない様子。
さて、お前はこんな事を仕出かした俺でもまだ一緒に外の世界に出ようだなんて言えるか?
「轢き逃げ同然だった。‥しかも、その女性がまさか桜井の嫁だったなんて知らなくてね。幸いな事にその事故を見てる者は誰も居なかったんだ。だから俺は逃げ出した」
「幸いって‥お前、」
「目が怖いよ、高見沢」
「‥っ」
ようやく開いた口が閉じていった。俺から告げる言葉に怒りを感じている証拠か。
「‥続けるよ?」
そして俺がその現場から逃げ出した数時間後に桜井からの電話が入ったんだ。まさかとは思ったけど‥本当にそのまさかとはね。
始めは俺も色々とテンパって動揺していたさ。事故を起こしてしまった上に轢き逃げをしてきた。しかもその轢いた相手が友達の嫁‥。これがどれだけの重い罪になると思う?
そう考えるのが怖かった。
だから俺は警察を口止めする代わりに多額の金を渡したのさ。まぁ、その頃には会社もかなりデカくなっていて、それなりの金もあったしね。地元では有名になりつつある俺と、ただ黙っているだけで莫大な金額が貰えるという事が分かった警察は見事俺の手中だった。
‥ホント世の中腐ってるな、って俺はその時思ったね。
案の定捜査はロクに行われず、桜井は絶望の淵に立たされた状態だった。あの時の桜井の顔は今でも忘れられないよ。全てを失うってこういう意味なんだなと。
会社にも出社出来なくなり、彼は段々と病んでいった。そんな桜井を見ていて流石に俺もいたたまれなくなり、何度か飲みに誘ってはアイツの元気を取り戻そうと考えていたね。笑っちまうだろ、奴の嫁を殺しておいた分際で?
‥だけど、俺は本気で桜井が心配だったんだ。
それは嘘じゃない。彼を元気付けたいという気持ちもあって、うちの会社に誘おうかと迷ってたんだ。でもその一歩が踏み出せなくて‥
その半年後くらいに桜井は忽然と俺たちの前から姿を消した。
「‥逃げた、って事か?」
「多分、新しい人生を始めたかったんだろ。次に桜井と会ったのはそれから四年後の事だし」
「‥新しい人生を始めた。けど、また坂崎の所へ戻って来た?‥なんで?」
「助けを求めに来たんだ」
助け?と首を傾げながら訝しむような表情で俺を見てくる高見沢。最早コイツの顔からは、俺に同情する気持ちが綺麗さっぱりなくなっているようだ。
代わりに桜井の方に気持ちが傾きかけているっぽいし、ね。
桜井が俺たちの前から消えた四年間、アイツは自分を誰も知らない土地で会社を立ち上げたらしいんだ。もちろん俺はそんな事も知らず、年々デカくなっていく自分の会社の方に仕事をこなしてきた。
だけど、俺がようやく桜井たちの頃を忘れかけていた時にアイツはやってきた。
「助けてくれ坂崎‥!俺の会社をお前が買ってくれ‥!」
そう縋るように泣きついてきた桜井の身も心も、四年前よりズタボロ状態だった。相当辛い思いをしてきたのか、自分の育て上げてきた会社を俺に売り渡す話しを持ち掛けてくるなんて、よっぽどだったのだろう。
借金もあり、従業員すらマトモに居なかったその会社を買うか一瞬迷ったが、俺はここでピンと来た。
「俺とお前が一緒にこの会社を大きくしていこう。お前が創り上げて来た技術を俺が賄う。だから二人で頑張ろう」
その俺の言葉で、桜井にやっと笑顔が戻った瞬間でもあった。
そこから俺たちはまた更に会社を大きくさせて、その時点でかなりの有名企業にはなっていったのは覚えている。桜井が加わった事により、彼が発明した物がヒットしたりと中々いい業績を伸ばしくれたのも彼のお陰。
お金がなくては開発も出来ないからな。だから俺は遠慮なく桜井に金を使えと言った後、彼はまた更に業績を上げていく一方。凄いなと感心している俺も、取引先の方々に何とか自分たちの商品を売り出して貰えるようにと‥まぁ、お互いめちゃくちゃ頑張っていたな。
そしてその頃には俺の秘書兼彼女が出来ており、その子とはいい間柄だった。
‥‥筈なんだけどな。
まさかあの娘が桜井と俺、二股をかけていたなんて‥
夢にも思わなかったさ。
ちょっと前ぐらいから、桜井にも新しい彼女が出来たっていう報告を貰い、俺はそれで安心しきっていたんだ。‥けど、それが罠だった。
俺は浮気されてもそこまで傷付いてはいなかったが、問題は桜井の方。彼の精神がまた不安定になるんじゃないかと、そう心配していたが‥案外あっさりしており、「お互いまたいい女見つけようぜ」なんて言い合える程にもなってくれていた。
ホッとした。
その安堵の気持ちはどういう意味だったんだろう‥。
程なくして新しい秘書は俺を裏切らない為にも男を選び、そしてその秘書というのが棚瀬だったんだ。よく出来る奴だったよアイツは。
そんなこんなで二人で会社を大きくしてから数年目の出来事だった。
俺と桜井は社長室で二人きりで飲んでいたんだ。
そう。ここからが全ての終わりで、ここから始まったと言っても過言ではないだろう。
昔話の思い出に浸っていた俺たち二人ではあったが、酒が入っていたせいで俺に歯止めが効かなくなってしまっていたんだ。今までずっと隠していたその秘密が全てポロッと‥ね。
「あー、そうそう。ずっと桜井に言ってなかった事があったんだけどさー」
「ん、なんだよ?」
「お前の嫁さん殺したの‥‥あれ、俺なんだよね」
「えっ‥?」
彼にとって、この俺の発言は時が止まったかのような時間だったんだろう。ピクリとも動かなくなった桜井ではあったけど、俺は構わずペラペラと喋ってしまっていた。
‥多分、無意識の内に自分の罪から解放されたかったんだと思う。そろそろ時効になった話題だろうから、桜井に許しの言葉でも待っていたんじゃないのかな。
だけどそれが彼の人格を壊してしまったんだ。
「あの日さ、俺が運転してた車と衝突したらしくてさ‥。その日の夕方にお前から電話来た時はほんとビビったよ。まさか俺が轢いたのが桜井の嫁さんだったのかよ、ってね」
「はっ‥‥?」
「本当に悪いと思ってるよ桜井」
「いや‥、は?‥だったら何でお前は今まで自首して来なかった‥?」
「だってその頃さ、この会社が一番大事な時期だったんだよ?そんなとこで俺が捕まったりしたら全てパァになるじゃん?‥だから警察に金握らせて捜査を怠らせたんだー」
「‥‥。」
そこで桜井の変化に気付けばまだ後戻り出来たのかもしれなかったけど‥
もう遅かったのかな。
「お前は‥‥人の命よりも、会社の利益を優先にしたのか‥」
「言い方悪いけどそうなっちゃうのかな」
「‥そうか。じゃあ、何で俺を助けた?この会社に居座らせたんだ?」
「だって桜井困ってたじゃん。そんな桜井を少しでも救ってやりたくて‥‥」
「そんなの自己満足だ‥」
「ん?」
「俺を助けた事で‥お前は俺に対しての罪から逃げ出そうしているだけだッ」
「‥そうなのかもな」
「‥っ!?」
急激にガバッと掴まれた胸倉と、引っ張り上げられる身体が上手くそれに対応出来なかった。
向かい側のソファーに座っていた桜井がいきなりテーブルの上に片足を置いたかと思えば、俺をこんな風にして掴みかかってくるなんて思いもよらなかったから。
ビックリした俺は、その出来事について行けなかったが、酔いはあっという間に覚めてくれた。そこで正常な頭に戻った時、俺は何を口走ったのかをあまり覚えていなかったんだ。
だから桜井が‥あんな見た事もない形相で俺を睨み付けていたのには、流石にヤバいと思った。
「さ、桜井‥待て!わざとじゃなかったんだ!!」
「わざとじゃなくてもッ‥、お前は今日この日まで俺にその真実を隠して生きてきたッ!!人が死んでいるのにお前はそれを金で解決して、それをなかった事にしようとしたッ!!」
「仕方なかったんだ‥、会社の為にも‥俺が居なければここは潰れていた筈だ!」
「ふざけるなぁッ!!‥俺が、今までどんな思いでここまで生きてきたと思っているんだよ‥っ。俺が、アイツの事を一日でも忘れた事はなかったのに‥!お前は俺の全てを奪った!!」
「悪かった桜井‥!だから‥‥な?落ち着け」
「落ち着いてられるかよッ!!俺はこの日を待ち侘びたんだ‥。アイツと‥アイツの腹の中に居た子供の仇を取る時が‥‥」
あの時の桜井の涙を浮かべながらも狂気的な目を見た俺は、コイツに殺されると確信した。
だから俺は咄嗟にこう言ってしまった。
「欲しけりゃ金はいくらでもやる。だからこんな俺を許してくれ」
‥そこでアイツの人格が全て壊れていった。
あれ程にまで人間は恐ろしいものに変わってしまうのかと、そしてあそこまで人は変貌してしまうのだなと‥
「金で解決していりゃあお前は満足かもしれねぇよな。‥ただ俺はそれだけじゃ満足がいかない」
その時桜井がテーブルに置かれてあった、飲み干したワインのボトルを手にしていた時に俺は焦った。本当にこのままじゃコイツに殺されてしまう、って。
「坂崎、お前は俺の人生めちゃくちゃにしたんだ‥。その落とし前はきっちり着けて貰わなきゃ俺の気が済まねぇ」
「わ、分かったから‥!!お願いだから命だけは奪わないでくれ!お前の言う事は何でも聞く!!だから‥な?俺とお前の仲だろ‥っ?」
許しを請う俺の姿は桜井からすれば、実に滑稽だっただろう。そこであんなセリフを吐かなけりゃ俺は今ごろこんな暗い場所で生きていくハメにならずに済んだものを。
‥‥自分の犯した罪だ。もう後には引けなかった。
「何でも聞く‥か」
ニヤッ‥と不気味に笑う口許が物凄く恐ろしかったのを今でも忘れない。
その桜井の一言で、今度は俺の人生が狂わされたから。
「だったらテメェのこの会社の権利を全部俺に譲れ」
「そんなっ‥!?」
「何でも言う事聞いてくれるんだろ?」
「‥っ」
構え始めた右手に持つボトルが俺のすぐ真上にチラついていた。今の桜井では本当に俺を殺し兼ねない、そう悟った。
「‥わ、分かった」
「よし‥。ならもう一つ提案がある」
「なんだっ‥?」
ここで今の桜井の全てが形成されたのだった。
ーお前は今日から俺様の奴隷だー
「‥ま、ザッと説明してこんな所かな」
「お前‥‥バッカじゃねーの‥。いやマジで‥」
「だから俺はここに居るんだろーが。‥ご主人様の気が済むまでね。そして、これが今の俺に出来るアイツに対しての罪滅ぼしといった所かな」
「罪滅ぼし‥?坂崎お前ふざけてんのか?こんなのが罪滅ぼしになってるとでも思うのかよ?」
「‥ご主人様が今の高見沢みたいに俺を道具みたいに扱ってた時期とかもあるからね。大人しくしていれば、きっとご主人様も落ち着くんじゃないかと思ってはいたが‥知らない内に俺と同じような奴隷が増えててビックリしたよ」
坂崎‥‥お前、こんな奴だったのか‥
確かにあの男に同情しそうになりかけてはいたが‥でも、こんな事が許される筈もない。
「ご主人様はそこから人を一切信用出来なくなっちまった。ま、一人で会社経営してた頃にも色々と騙されたりしてお金が飛んでいったみたいだしね」
「‥‥。」
「だから棚瀬は純粋に凄いなとは思うよ。俺と桜井の立場が逆転した場面をアイツはちゃっかり見てしまっていたからね。‥‥だからアイツは桜井の下で忠実に働いてるのさ」
「‥へぇ」
なんか、色んな感情がグチャグチャしてて訳が分からなくなってきた。
坂崎の話しを聞けば聞くほどあの男の人生がどれ程辛くて苦しくて悲しいものだったかなんて‥‥それは分かる。今まで何も知らずに坂崎を助けたいとか言っていた癖に、そんな自分が恥ずかしくなるようなコイツの言動。
‥許し難いのはどっちもどっちだ。
「でも、だからってあの男が俺たちみたいな奴らを奴隷にしようとする狙いが分からない」
「そんなの簡単さ。ご主人様は人が信用出来ないでいる。だからこそ自分が信頼して貰えるように努力していくのさ」
「‥信頼、して貰える」
「そう。そしてその信頼を得た所で一気に相手を地獄に叩き落す。‥まるで自分の人生みたいに、ね」
「それを赤の他人にさせてなんの意味がある!?」
「‥それが快感なんでしょ」
「‥‥たった、それだけの為に‥‥」
奴の‥快感を得る為だけに俺たちは‥騙されて、こんな場所に閉じ込められてたのかよ‥?
そんなの、あんまりだ‥
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