罪人たちの舟 終焉 - 7/13

罪人たちの舟 終焉7

 

船頭と高見沢と三人でこれだけ初めて本心を言い合っていれば、もちろんこっちだって何度も泣きそうにはなったさ。けどツラいのは船頭の方だから俺たちが泣く資格なんてないのは分かっちゃいる。だから死ぬほど何度も堪えてはこの三人だけの時間を大切にした。

語り尽くせたのかは分からねぇが、船頭もだいぶ飲んでたのでいつしか泣きながら潰れちまってテーブルに突っ伏した状態だったから俺と高見沢で船頭をベッドまで運んでおいたがまぁ、俺たちは船頭を介抱するのには慣れてっからな。今まで散々コイツのことこのベッドまで運んでは何度もおぶってきたし。だからいつものことすぎて逆になんとも思わねぇわ。

 

「よし…、じゃあ片付けるか」

「そーだな。このままにはしとけねぇもんな」

二人でコンビニの袋の中に食べたあとの容器やら袋や箱のゴミを全て突っ込み一つにまとめておく。処分はよろしく頼んだぞ船頭。

洗い物は俺がして、テーブルを拭くのは高見沢に任せる。分担作業は得意だからなんにも言わずとも全てのことをこなせるのは俺たちだけの連携プレーなんだと思う。よく十年間喧嘩もせず一緒に生きて来れたと思うよ、ホント。

洗い物は少なかったからすぐに終わり、高見沢の方も拭き終わったようでこれで俺たちはお暇しようとは思ってる。ただ、船頭の泣き腫らしたその目元を見る度に胸が痛むのは俺も高見沢も同じ。こんなに泣いてる船頭を見るのも初めてだからなぁ…、どうしたらいいか俺らにも分かんねーよって感じだわ。

すると高見沢が椅子にもう一度座っては残ってたペットボトルの水を飲みながら「明日どーする?」と聞いてくるので、俺が「何が?」と返せば高見沢は船頭を見やりながら話しを切り出す。

 

「やっぱり船頭を解放させてやりたい。悪魔たちのおもちゃのままでいいなんてあんまりすぎるだろうが…。船頭は悪くない。なんにも悪くねぇ。それなのになんで俺たちの方が楽に死ねる?なんで船頭が苦しまなきゃならねぇ?」

「……じゃあどうするつもりなんだ?」

高見沢が言いたいことはなんとなく分かる。だって十年間ずーーーっと一緒なんだぜ?そりゃこの雰囲気見てりゃ一発で伝わるって。

でも一応高見沢の意見を聞くことはする。それが俺たちだから。

「マモンに話しをしに行こう…。なんとか船頭を解放してくれないかって…。ムダかもしれんけどさ」

「無駄足になるとは思うが俺も同じ気持ちだったから構わんぜ?今から行くか?」

「なら行こう。船頭が寝てる今のうちに」

「じゃあ行くか」

船頭は熟睡しているので、この家を出る際は電気を切ってから船頭の家をあとにした俺たち。そして向かう先は悪魔たちの住む館。道中、高見沢と何度か考え方の擦り合わせをしつつ自分たちの意見をどうにかマモンに受け入れてもらうかを話し合う。ま、アイツ俺たちのこと嫌ってるから受け入れる確率なんて数パーセントくらいしかなさそうだけどよ。

話し合ってるとあっという間に館に着き、俺と高見沢はマモンのいる部屋へと一直線に向かっては奴がいるであろう部屋のクッソ重たいドアを開ければ中にはなんとかマモンがいてくれたから助かった。いなかったら話にもならんしな。マモンは俺たちが来たのを嫌そうな目で一瞬見てきたが、一応は「なんの用だ」と聞いてきてくれたので俺たちは一定の距離を保ちながらマモンの前へと赴いてみせた。

 

「聞きたいことがあって来た。俺たちの命を返せば船頭はあと何年生きられる?」

「質問の許可は出していないぞ愚か者たち」

「うるせぇ、そんなのどうだっていい!質問に答えろ!」

桜井が奴を軽く睨みつけながら文句を言っていたが、マモンは気にすることなく億劫そうではあるが取り敢えず答えてはくれたようだ。

「…貴様ら二人合わせて二十年分の魂を消費したのでな、残りはせいぜい九年か十年といったところか」

たったの十年…か。

「ならその十年だけはアイツが心穏やかに暮らせるようにして欲しい。だから船頭のこの先の安寧を保証してくれマモン」

「…何を言っておるのだ七十二番。坂崎は永久に私に仕える身だと昨日言ったはずだが?」

「死ぬことも許されずに?バッカかテメェは!船頭になんの罪がある!?」

「昨日坂崎が自らこう言っておったではないか。“皆を死なせた罪は自分にある”と。それが奴の罪なのだろう」

「ふざけてんのかテメェはよぉ!?そんなんで罪になるならじゃあ俺たちはなんなんだよ!?れっきとした犯罪者だぞ!?船頭が誰か人を殺したかッ?人を貶めたかッ?いや、アイツはなんにもしてねぇだろうが!ただ真面目にこの島で生きてきただけだろ!?それのどこが悪だって言うんだ!なぁ!教えろ!」

今度は俺がマモンに噛み付けば、マモンは下らなそうに「人は皆等しく生まれた時から罪を背負ってるのだよ」と答えにならない答えしか返ってこないことにイラつく。今はそんな答え求めてねぇんだよ!

 

「クソが…ッ。マトモに話しすら出来ねぇのかよテメェは」

「まぁお前なんかが俺たちに耳を貸すなんて有り得ねぇのなんて知ってたから別に驚きもしないがな」

「……。」

一瞬凄い顔で睨みつけられた気がしたが、そんなもんこっちは微塵も気にならねぇんだよ。

しかし突然マモンの方が「見返りはなんだ?」と口を開く。そのせいで俺も桜井も「えっ」となってしまい、パッとマモンの方を見るしか出来なかった。

「この私が聞いているだろ、戯(たわ)け共」

イラッとしたがここは一先ず呼吸を整えてから条件を出す。話しを聞いてくれる今のこのチャンスを逃すともう二度と聞いてくれないのは分かってるから、こちらも慎重にいくしかない。

「俺たちがここに残る。お前の気が済むまで」

「ほぉ。それがどういう意味か貴様らは理解しておるのか?」

「あったりめーだ。…それでも俺と高見沢は船頭を解放してやりたい」

「ここに残るということは、死して尚我々から解放されぬということは覚悟出来ておるということなのだな?」

マモンのこの見下したツラにはやはり腹立ちを覚えるが、とにかくここは我慢しなくちゃ船頭をこの場所から離してやれねぇ。そんで次は俺がマモンの質問にハッキリと答えてやる。

「それでもいい。俺たちがここに残ればアイツが少しぐらいは自由に生きられるんだろ?だったら…俺らはアイツの為に自分の身を犠牲に出来る覚悟は出来てる。例えお前ら悪魔のおもちゃにされようが、俺と桜井はお前らに従う。逃げない、絶対に」

「坂崎は我が使者であるからなるべく苦しまぬよう生き続けてもらおうとは思っていたが、貴様らは別だ。例え貴様らの体が腐ろうとも私は貴様らをこの地に縛り続けその身が朽ちるまで強制的に働いてもらうぞ。それでも良いと言うんだな?」

「……あぁ。だからもうこれ以上船頭を不幸にしないでやってくれ。頼む」

「代わりに俺たちが全部引き受けるから」

「……。」

 

☼*.。

 

「…んー、」

目が覚めたらなぜかベッドの上で寝ていたのに気づき、パッと起き上がればそこには二十四番も七十二番もいなかった。ていうかもう朝になってるし。

「……あれ?」

テーブルには皿に乗せてあるおにぎりが二個置いてあり、上からラップをかけてあるのが目に入る。というより昨日あんだけテーブルの上散らかしてあったのに、全て綺麗に片付けられているし、洗い物も何もかもが終わらせてあるのに気づく。…アイツら二人が気を利かせてやってくれてたってことなのかなぁ。なんだかんだ優しい部分があるよなアイツらって。

起き上がってテーブルの方までやって来れば、一つは綺麗な握り方でもう一つは少し不格好な見た目をしていたので多分二人ともが一個ずつ握ってくれてたんだなって思うと少しだけ胸がグッときてしまったじゃんかさ。…ズルいよ、こんなの。

「…準備しよ」

 

洗顔をしたり、歯を磨いたり着替えたり、二人がせっかく作ってくれたおにぎりがあるのでお湯沸かしてお茶でも飲もうかと思って水に火をかけたり。取り敢えず仕事する前の全ての準備が終えたあとにようやく席に着き、目の前にあるおにぎりに向かって「いただきます」とポツリと呟く。

「…うまい」

何か特別なことはしてないはずだろうに、なんだか凄く美味しく感じられた。でも時々二十四番が俺の体調悪い時に食べやすいもん作りに来てくれたことはあったから二十四番の腕は知ってたし、何度も食べたことがあるが七十二番の手作りって地味に初めてかもしれん。七十二番も手際は悪いらしいが作れるは作れるみたいだから、このおにぎりも別に変な形とかではない。ちゃんと二つとも美味しい。だってなんとなく二人の気持ちが籠っているのが伝わってくる気がするから。

あっという間に食べ終わってしまった為「ごちそうさま」とこれまた声に出して感謝の意を示し、そのあとお茶を少しゆっくり飲んでは朝のひと時を過ごす。

もう今日で二人は……

「…あーもう」

考えるのをやめよう。いつも通りに過ごそう。その方が二人にとってもそっちのが絶対にいいはずだから。

もう暫く朝の時間を満喫してから家を出る。そしてそのまま悪魔たちがいる館の方まで赴けば、マモン様に朝の挨拶と今日の業務内容の確認などをしなければならないので「失礼します」と重たいドアを開けてから中へ入ればなぜか悪魔たちが全員揃っている。しかも二十四番も七十二番もマモン様の前に立っては、まるで全員が俺が来るまで待っていたという雰囲気を醸し出していた。

えっ?な、なに?マジでなんなの??

 

「マモン様、一体これは…」

そっちに向かって足を進めながらマモン様に対して不思議そうに尋ねてみせると、マモン様が意味の分からない言葉を俺に伝えてくる。

「坂崎、お前を解放してやろう」

「えっ?」

どういう…意味だ??

「代わりにこの罪人どもがお前の分まで永久にこの島で働くそうだ。もちろんこの身が朽ち果てるその時までとな」

「なっ…!?」

本当にどういう意味だ??何を言ってるんだマモン様は!?

「話が違うじゃないですかッ…!?というよりなんでお前らがここで永久に働くことになってんだよ…!その仕事は俺だろうがッ!」

「こんな罪人たちにも慈悲があるそうでな、昨夜私のところまでわざわざ来おって頼み込んできたのだよ。お前を解放する代わりにこの罪人どもがここで働くとな」

「はぁッ…!?おめーら何勝手なこと言って…!」

そう二人に向かって怒鳴りかけたが、二十四番も七十二番も何も言わずただ俺がいる方だけ見つめているだけだ。な、なんで急にそんなこと言い出すんだよおい…!色々とおかしいだろうが!

 

「なのでお前の魂、返してやろうではないか」

「ちょっと待って下さい…!!俺に魂返したらコイツら二人はどうなるんですッ!?」

「ただの私の人形に成り下がるだけだ。意思もなく、この島で永遠に働き続け我ら悪魔にこき使われるだけの人形になるだけだが何か問題でもあるというのか?」

「あ、ありまくりですよ…!!だってこの間と話が全然違うじゃないですか!そんな……こんなの…、だって俺が…俺が…」

言葉が出てこない…

二人が昨日マモン様になんて言ったのかは大方の予想はついているけれど、でもお前らは俺と違って悪魔たちに嫌われているんだからこれから先どんな仕打ちが待ってるかなんてちょっと考えれば分かることだろ…!?なんでそこまでしてお前らは俺のことを…っ。

驚愕している俺はただその場で突っ立っているしか出来ずにいて、ほぼ脱力しかけては二十四番と七十二番がいる方だけを見つめていると、マモン様が何かの技を使ったせいでいきなり下からジャララッ!と金色に光る鎖が飛び出してきては二人の体をガチガチに拘束してしまったではないか。

それのせいで二人とも一瞬「!?」となってはいたが、やはりもうそれ以上は何も文句は言ってこないし抵抗する気もないらしい。な、なんでだよ…?

 

「なんで…」

俺がそう泣きそうになりながら呟いてみせると、七十二番が「俺たちがここで永久に働くから」と身代わりになるという意志を示してくる。

「違うだろ…。お前らは違うだろ…!」

「何言ってんだ船頭さんよ。アンタの方がここの島で永久に働かされるなんて割に合わねぇだろうが。アンタはなんにも悪くねぇ。自分を責めるな」

「けど…っ!」

すると二十四番が今度は言葉を続ける。

「もう…自由になれ船頭。アンタの残りの寿命は短いかもしれねぇけどよ…、それでもアンタは幸せになる資格は持ってるんだ。俺たちと違って。だからもうここから離れろ。こんな場所のことは忘れろ。いいか?約束だぞ船頭」

「っ…!おめーら何勝手に格好つけてくれてんだよ!?俺は全然嬉しくねぇぞこんなの!!違う…こんなんじゃない…、違う…!」

「もう気が済んだか坂崎?コイツらの中にあるお前の魂を今ここで返すぞ」

「待って下さいマモン様!お願いしますッ…!!待って下さい…、待って下さい…ッ」

「待たん。我々も暇ではないのだぞ。今ここで我々が全員が集まっているここで儀式を終えるぞ坂崎。早くしろ」

「っ…」

他の悪魔たちからの視線は当然痛いのは気づいていたけど、こんなの気づかないフリをしてないとやってられない。だって約束が違うじゃんこんなの…!もし代わりにアイツら二人がこの島に残り続けるとしたら、誰もアイツらを庇う奴がいなくなるんだぞ?肩身の狭い思いをし続けて、それでも尚死んでも許されないってなんなのさ…!?

俺に出来ることってなんだ…?

もうこれ以上二人にだってしんどい思いをさせたくなんかないし、悪魔のおもちゃにされるくらいなら死んだ方がマシだって言い切れるの分かってるだろうになんでここまでしてお前らが俺を庇う…?どうして…?

 

「……二人とも、おにぎり作ってくれてありがとう」

「…?」

「船頭…?」

俯きかけていた俺が急に何を言い出すのかと思ったら、いきなりこんな話をし出すので二人も驚いていたしなんならマモン様たちだって少し困惑していた。

「二人の気持ちがちゃんと伝わってきたし、凄く…美味しかったから」

「……。」

「…そうか」

「二人がどれだけ危険な罪人かなんて俺が一番分かっているつもりだし、二人がどんな罪人たちよりも心から反省して悔いてる気持ちがあるのも俺知ってるから…。こんな出来損ないの俺に十年間ずっとついて来てくれてたからお前らには本当感謝しかないよ俺だって…。十年間変わらずお前らにムカついていたし、でも少しずつ分かってやれたこともあるにはあると…俺は勝手にそう思ってる」

「船頭…」

「でもごめん…最後の最後までこんなことばっかやってマモン様と揉めたりなんだりして…きっと失望したよな」

「そんなことねぇ…!俺たちは本気でお前のことを救いたくて…っ」

「…そう言ってくれてありがとう」

俺は顔をあげて二人を見やってからお礼を述べる。そして拘束されている二人の方まで近づいていき、俺は二十四番と七十二番の目の前までやって来てはその場で立ってみせた。

 

「ねぇ…、俺らはさ…結局三人一緒に死ねないみたいだね…」

「…あぁ」

「みたいだな」

そしたら三人同時に「ごめん…」とか「すまん」や「すまねぇ…」なんていう謝る言葉が重なる。そのせいでまた俺は泣きそうになるし、二人も心苦しそうにしている表情が読み取れる。三人同時に死ねたらどれだけ楽だったんだろうなって、今になってそう思うよホントに。

「二人は今も俺と死ねるなら死にたいか?」

俺の意味深な質問に対して二人は目を細めては何かを考え込んでる素振りを見せたその数秒後、二十四番が「その方が楽だからな…」と俺と同じことを思ってくれていたようだ。

「そっか…。そう言ってくれてありがとう」

「船頭…?」

「お前、何を…」

七十二番が何かを言いかけようとしたその瞬間、俺は聖の剣をシャッと引き抜いてはそれを自分の左手に剣先を向けてからピッと自分の手の平に僅かな傷を入れてみせた。この突然の俺の行動にビビっていた二人ではあったが、二人がこっちを見てきたその瞬間心臓がドクンッ!!と、とんでもない鼓動を打ち始めるせいで俺は瞬く間に膝をガクッと曲げざるを得なくなってしまった。そしてそのあとはみるみるうちに力がどんどん落ちていき、汗も尋常じゃない量が吹き出てきては目の前がグラッグラしてきた。

やっべぇ……、超絶苦しいわコレ…

 

「船頭!?」

「おい!どうした!?船頭!」

二人が俺に対して全力で呼びかけてくるけれど、俺はそれに答える暇もなくゼェハァと呼吸を乱し、次第に前屈みになってはその場で突っ伏しそうな勢いまできてしまっている姿を見てアスモデウス様が「まさかお前…」と僅かに目を見開きながら俺の方を見てきた。

「坂崎貴様、我の毒を盗んだのか!?」

「なっ…!?」

「毒だとッ?」

「…!?」

アスモデウス様のセリフにマモン様がなぜか反応していたのだけはぼんやり見えたのだが、最早言葉を発する気力すら残っていない。流石は七つの大罪の悪魔から生成された毒だ…、ほんの少ししか剣に塗布していないのにこの威力はハンパじゃねぇな…。もうすぐ死ぬと思うわ俺…

つーかこれを耐え抜いた二十四番もすげぇな…。あの時トドメ刺そうとしちまって悪かったよ…

「おい船頭!!」

「しっかりしやがれ!!死ぬなッ!!」

「……っ」

目眩どころじゃないぐらい目の前がグルングルンする…。心臓もさっきから有り得ないぐらいバックバクに鳴っているし、二人が何かを叫んでいるのは分かってるけど何を叫んでいるのかは聞こえてこない。だけど二人が物凄く慌てたように鎖のジャラジャラした冷えた音だけは聞こえてくるけど…、まぁ鎖に繋がれてるから何か出来る訳でもないもんなぁー…なんて今にも気絶しそうになる思考をなんとか振り絞って頭で考えていると、すぐ傍で誰かが「坂崎ッ!」と俺の名前を呼ぶ声がする。

…誰だ、この声?二人の声じゃないのは確か…かも。

 

「何を勝手な真似をしておるのだ貴様ッ!!」

「…ッ!?」

ガバッと上半身を持ち上げられたかのような感覚がしたと同時に、温かな手のぬくもりが心臓の上に置かれたかと思えば次第にこのバクバクに鳴る鼓動も静まっていくのが分かる。あれ…?なんでだ…?

不思議に思い、抱きかかえてくれた誰かに対して虚ろな目を向けてみせるとそこにいるのは……マモン…様?

え…?俺今マモン様の腕の中にいる…??

「…?」

「何を勝手に死のうとしている!!許さんぞ貴様!」

「…すみ、ません…マモン様…」

「この愚か者めが…ッ」

「……。」

はァー…と長いため息をつかれてしまったが、次第に鮮明になっていく視界に映しかかったマモン様のその表情はというと、なぜかとても焦っているようにも見えた。

なんでマモン様は…こんな顔をしているんだろう?昔俺のこと殺そうとした張本人の癖になぁ……なんて言葉は口が裂けてでも絶対に言えないや。

マモン様の腕の中でボーッとしていると、アスモデウス様が近づいてきては「どこから盗みおった?」と低い声で尋ねてきたので多分かなり怒ってそうだなコレ。でもちゃんと素直に言うよ、俺は。というか今日は何が起こるか本当に分からんから万が一…億が一の為に毒塗ってきたけど、まさか本当に使う羽目になるとは思わなかったからちょっとビビるわこれ。

 

「貴方の使者の家にあった…とっくに使われなくなっていた…槍の毒を擦り付けました…」

「アレか…」

思い出したかのようにアスモデウス様がハッとしているが、こんなバカげたことをした俺を見下してはいるけどアスモデウス様が俺の体に手をかざして下さりこのまま俺の中にあった毒を全て抜き取ってくれたみたいだった。あぁ…結局助かってしまった…

マモン様が俺に気を取られていたせいなのかは知らんが、二十四番と七十二番が「船頭ッ!」と俺を呼んでは隣に来ていたので「あれ…?」とは思ったものの、俺もマモン様もそこはあんまり気にしないようにしておく。多分術が破れて鎖の効果がなくなってしまったから自由に今動けてるんだと思うし。

「お前何やってんだよ!?」

「んな無茶すんなよバカッ!!」

二人に思いの外怒鳴られてしまったが、俺は弱気になりながら「ごめん…」と謝るしかなかった。いや、でもホントにごめん、ビックリさせちまったよな。

「死んだらどうするんだよ!」

七十二番のそのセリフに対し、俺は目の前にいるマモン様とパチッと目が合えば力なくヘラっと笑っては「マモン様…私のこと好きみたいだから、死なせないんじゃないかと思って…」と本心を口にしてみせると、マモン様は眉間に皺は寄ってるものの見たこともないような明らかにキョトンとした顔をしていらっしゃる。なんだこれ…可愛いなこのお方は。

 

「は、はぁッ?そんだけであんな賭けに出たのかよテメェ!」

「アスモデウスの毒が如何にヤバいかなんてお前も知ってんだろ!?マジで何考えてやがんだテメェ!!」

「だからごめんってば…。でもこうでもしないと…お前らのこと安らかに死なせてやれないからさ…」

「っ…」

「船頭…」

「ね、そうでしょうマモン様…?私のことがそんなに好きでしたら…私が変なことしないうちに、私の話もちょっとだけ耳を貸して下さいよ…」

「……お前という奴は」

心底呆れてそうな顔のマモン様だけど、後ろに控えていた他の悪魔たちがマモン様に向かって「坂崎は全てお見通しだな」とからかってくるせいでマモン様すんごい顔で後ろにいる悪魔たちを睨んでいた。怖すぎ…

「すみません、マモン様…。許してとは言いませんので…やっぱりせめてコイツらだけでもこのまま死なせてやって下さい…。私が貴方の傍にずっと…永遠にいますから…。だから…」

「もう良い、貴様ら三人のことなぞどうでも良いわ」

「えっ…?」

するとマモン様が軽く何かの合図をしてみせれば他の悪魔たちも何かブツブツと呪文のようなものを唱え始めたその数秒後…、隣にいた二十四番と七十二番が急に「!?」と何かに反応をしたので「大丈夫か…?」と問いかけようとしたその時だった。

二人の中から大きな輝く白い玉がパアァッ…と無理やり引っこ抜かれたかのような動きと共に飛び出してきたその光が、突然俺の中へと入ってきてしまったので俺もその時はなんの対応も出来なくてただその眩しさに肘で目を覆うしか出来ずにいた……が。その白く光る玉が完全に俺の中へと入ったのが見て取れた瞬間、さっきとはまた別の感覚のドクンッ!!という生きる希望を取り戻したかのような生命力溢れる鼓動が俺の全身へと響き渡っていった。

 

「ッ…!?!」

これは…もしかして…

二人の中にあった俺の魂が返ってきた…?

今までにないくらいの力がどんどん溢れ出してきて、今の今まで死にそうだった癖に今度は生きる気力に満ちているこの体が、多分自分の心に追いついてないせいでまだちょっと混乱している。

未だにマモン様の腕の中にいたのだが、マモン様も「貴様の魂だ」と一言添えてから俺から離れ、立ち上がっては他の悪魔たちが並んでいる場所まで戻ってしまわれたのだが……そ、そうだ二人はどうなった…!?

「に、二十四番…!七十二番…!?」

ハッとして隣を振り向いてみせると二人はまだなんとか生きているようで、胸の辺りを手で押さえてはなんだか苦しそうにしているではないか。

「おい…!大丈夫かッ!?」

「……大丈夫だ、心配すんな…」

「船頭に魂返しただけだ…。気にすんな…」

「…っ」

この二人の姿を見るに本当に俺の魂は俺の中へほとんど返ってきたって言う訳か…?

 

「マモン様、どうしてっ…?」

「……。」

 

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