幸桜が船頭の仕事に漸く復帰した。
久しぶりの仕事に疲れて帰って来た幸桜が着替えをしに部屋に戻ったから付いて行くわけにはいかなかった俺はドアの横で壁に寄りかかり考え事をしていた。
うなされてるのを見たあの時からなぜか俺と目を合わせようとしない。
近寄れば逃げていってしまう。
幸桜がまた何か隠し事をしてる?
……寝ている間に触れたことに気づいて怒っているんだろうか?
だとしたら完全に俺が悪いんだけど。
見ている限りそれだけじゃない気がする。
それでも幸桜は何も言わないから俺も黙ってるしかないんだが。
「ねぇ~桜井?」
俺がひとりになるのを待っていたかのように高見沢が話しかけてきた。
高見沢はさっさと着替え終わったらしくさっぱりした格好で普段縛っている髪も下ろしている。
「また何かウダウダ考えてるのぉ?」
「別にいいだろ」
「ウダウダしてる二人と暮らしてたらぁ、俺までウダウダ~ってなっちゃう」
いつもグダグダなクセに人のせいにするのか。
今は高見沢と話したい気分じゃないんだが。
「ねえってば~」
無視していると高見沢が近づいてきた。
「桜井はずっとこのままで良いと思ってる?」
……高見沢の口調が変わった。
「何がだよ?」
ちょっとだけ身構える。
「船頭とのこと」
しつこいな。
「……生きて守れるなんて思って無かったからな。今はこれで…」
「今はってとこは『いつかは』って思ってるんだろ?」
「……幸桜は辛い思いしてきたんだ。こんな生活してる今だけど幸桜の気持ちを大切にしていけるように守ってあげたい。今はそれだけだ」
なんで高見沢とこんな話をしてるんだ。
早く終わらせたくて高見沢から視線を外して口もギュッとつぐめば意味を理解したらしい高見沢のわざとらしいため息が聞こえた。
しばらく黙っていた高見沢がさらに近づいてくる足音が聞こえた。かと思ったら急に俺の首に腕をかけて強引に俺を引き寄せる。
「何を…」
突き放そうとしたが思った以上に強い力で絞められた。
「じゃ、俺がもらってもいい?」
耳元で囁かれた言葉に慌てて高見沢を見れば長い髪が俺の視線を遮って表情が読めない。
「今ここにいる唯一の女。桜井のモノだと思ってずっとガマンしてたんだけどな」
「なに、言って…」
「船頭の気持ち大事にするって言うなら船頭がOKすれば俺のモノにしてもいいって事だろ?」
高見沢のモノ?
こんなやつが相手なんてきっとメチャメチャにされてしまう‼
「そんなのダメに…」
「桜井に止める権利はないよね?」
……そうだ。
俺に止める権利はない。
高見沢は本当に愛する人ならどこまでも大切にする。それが行き過ぎた結果ここにいるだけだし。
高見沢が幸桜を大事にするのなら。
幸桜がそれで良いと、高見沢の側にいる事が幸せと思うのなら俺が口出す事ではない。
そう自分の中で決めたことではあるけど。
「黙って見てろよ」
高見沢は軽く俺を突き飛ばした。よろめいた俺を見て楽しそうに笑っていた。
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