Rtf22
緊急治療室に運ばれた後、かなりの時間が過ぎていった。
そこの扉の上にある赤いランプの点灯が終わり、その数秒後には社長の手術を担当していた医師が出てきては私に向かって「なんとか命は取り留めました」と報告をしてくれる。
そうですか、まぁそうですよね。貴方が死ぬだなんて微塵も思っておりませんでしたので。
「‥当然です」
そう言い残してから私はこの場から立ち去ってみせた。
社長、貴方にはこの病院内で一番の個室をご用意させて頂きますからね。感謝して下さいよ。
♦
なんだ‥‥ここは。
真っ白くて‥温かいこの場所は‥
ふと目が覚めた俺は、気付いたらベッドの上で寝込んでいた所だったらしい。全然知らなかった。というより、俺‥呑気に寝てたのかよ。
情けないな‥
「‥‥。」
しかし本当にここはどこだろう。
凄く‥優しくて、こんな俺の全てを包んでくれるこの白い光が淡くキラキラと輝いているこの場所。
不思議に思ったが、さっきの出来事が頭をよぎる。
あぁ‥そうだ。俺は坂崎に刺されたんだったな。‥という事は、俺は死んだのか?死んだとすると、俺は最後まで呆気ない人生だったんだなと実感出来た。憎い嫌いな奴に‥二度も俺は殺された。
「‥みっともねぇな」
「そんな事ないよ」
‥‥え?
この‥声は‥‥
まさか‥、
視界の半分が閉じかけていたが、その声が聞こえてきたと同時に、すぐさま両目を見開いて起き‥上がろうとするも、腹が痛くて上手く起き上がれなかった。
無理に動かそうとすると激痛が走り、自然と歪んでしまう顔は痛さを教えてくれるもの。刺された部分を右手で押さえ、思わず「いててて‥」と漏れてくる声に対して「大丈夫?」と尋ねてくるあの声。
‥忘れもしない、俺の一番大切な人の声。
歪ませていた顔からハッとする表情に変われば、俺の寝ているベッドの右側で佇んでいたのは紛れもなくアイツだった。
頭が真っ白になったのは言うまでもない。
「‥‥なんで、」
「あなたが凄く苦しそうにしていたから心配しちゃった。‥でも、もう大丈夫だからね?」
「‥なにが?」
「なにがって‥。そっか、もうそんな事どうでもいいよね」
「え‥?」
「やっとあなたの優しい顔に戻ってくれた。ずっとずっと怖い顔ばっかりしてたんだもん、そんなんじゃお腹にいる赤ちゃんが泣いちゃうよ」
「‥‥ごめん」
素直すぎるくらいに自分の口から出てきた“ごめん”という言葉。俺はいつから心から謝るという事を忘れてしまっていたんだろう。
しかし、コイツは「ううん、気にしてない」とあの笑顔で俺を受け入れてくれた。
それだけで‥俺はどれだけ救われるのかと。
「あなたも私が居なくなってから随分苦労してたもんね。‥沢山の人に迷惑をかけちゃったりもしたね」
「‥あぁ」
「全ては私の責任だから。私が‥あなたを置いて先に逝ってしまったから‥」
「違うっ‥!お前が悪いんじゃない!全部俺が招いた結果だ‥。もう誰にも何も言えたもんじゃねぇ。‥もちろん、坂崎にも」
「そうだね」
その瞬いた目は、俺なんかとは違って‥清らかで、こんな醜い俺を綺麗にしてくれそうな程の美しい瞳をしていた。本当に‥凄く綺麗な瞳だ。
そんな風にされたら‥俺はお前なんかに嘘や偽りなんかとてもじゃないが、口には出せなかった。
寝ていた体を慎重に起こしていくと、「大丈夫?」と言いながら俺の背中を支えてくれるこの柔らかい手。‥なぜだか温かく感じた。
「だ、大丈夫‥。‥ってて」
「大人しくしていないと傷が開いちゃうよ。暫くは安静にしていなさいね?」
「あぁ‥。そうだな」
「どうかしたの?」
ただ‥
こんな事を仕出かしてきた俺に‥お前から嫌われるのが怖くて。
なんでお前はこんな俺に優しくする?あんな悪逆非道な事をやらかしていたのによ。
「俺が‥怖くないのか?」
「やだなぁ。賢さんは賢さんでしょ?どうして怖がる必要があるの?」
「だって‥俺、今まで沢山‥」
「それも含めての賢さんだもの。確かにあんな事は許されるなんて思えない。‥けど、あなたはいつも私を想ってくれていた。傍にいてくれたでしょ?」
傍にいてくれた、というのは‥きっといつもデスクの上に置いてある写真立ての事だろう。
あんなんでも‥お前は俺を許してくれてるのか?
「あなたが私をそんなにも想ってくれていたなんて‥。私こそ本当にあなたの傍にいてあげられなくて‥ごめんね」
「なんでお前が謝ってるんだよっ‥?お前は何一つとして悪くない!」
「ありがとう‥。私、あなたに想われて‥今、世界で一番幸せ者なのかもしれない」
「ごめん‥っ。ごめんな‥お前を、守ってやれなくて‥!一生守るって‥お前の目の前で誓ったのに‥っ」
「ううん、気にしてないよ。‥‥だからもう、泣かないで。‥ね?」
「‥っ、」
そんな事言われたって‥
無理に決まっているじゃねーかよ‥。
辛かった。
お前に二度と会えないかと思うと、心から苦しくて悔しくて哀しくて‥‥
耐えられなかったんだよっ‥。お前がこの世から居なくなってしまった生活に‥!
楽しみにしていたお前と俺と初めての子供にだってまだ会えていないんだぞっ‥?なのにもう、その子と会う事も叶わないんだから‥
「‥ぅッ‥、っ‥」
「もう、男なんだから泣かないの!」
「‥バカ言えっ。‥自分でも分かってるさ、これはただの夢だって事くらい‥。だけど‥この夢が覚めちまったら‥二度とお前と会えないような気がするんだよっ」
「そうだね‥。でも、それが現実なんだもん」
「‥‥。」
分かっているさ。
こんなの‥俺が作り出した幻だって事も。
だけどお前はこんな俺を未だに愛してくれている。俺の事を心配してくれている。昔と変わりない接し方をしてくれている。
だけど俺は‥もうお前が知っている俺とは違うんだ。お前を失ってから、何もかも変わってしまったんだよ。
「あなたが‥どんな風になっても、私はあなたを愛し続けていくから。‥だから、もう泣かないで」
「‥‥、」
その言葉に返事をする事も、頷く事も出来なかった俺だったが、彼女は俺の頬に手をそっと置いてしまえば‥
こんな醜い俺の全てを浄化してくれるかのような、優しい口付けを唇に落としていった。
だけど‥感触が伝わってはこない、哀しい口付け。
「‥‥。」
「忘れないで‥。私はいつもあなたの味方だから。あなたがどんな風になっても‥自分を忘れてしまった時でも、私はあなたの事を永遠に想い続けていくね」
「‥‥ありがとう」
「‥うん」
俺に向かって微笑んできた彼女の目には、うっすらと浮かんだ涙が見えたのを最後に、彼女は俺の前から消えてしまった。
「‥‥。」
ふともう一度目覚めてみると、そこには見慣れない天井が入り込んできた。
‥白いベッドに白い壁。物があまり置かれていない質素な部屋ではあったが、やたら広いのは何なんだ。
やっぱり‥夢だったんだよな。
そう、だよな。俺がアイツと同じ場所に逝ける筈もないんだし。
「社長、目が覚めましたか」
「‥棚瀬か」
ガラッ‥という、わりと静かな音のドアが開けば中に入って来たのはやはり棚瀬だった。そういえば俺、坂崎に刺された直後にコイツと会ってたっけな‥
なんか色々言われたような気もするけど思い出せねぇや。まぁいっか。
「ゆっくりと身体をお休めになって下さいね社長。暫くは仕事も何もしなくていいですから」
「‥そうか」
「用があれば私にお申し付け下さい。出来る範囲の事は私が何とか致しますので」
「へぇ‥。だったら、ちょっとお願いしてもいいか?」
「何なりと」
じゃあ、遠慮なく甘えてみようか。
「‥なら、タルト買ってきてくれ」
「タルトですか?」
「あぁ。‥アイツが好きだった、プリンのタルトを‥二つ、」
「かしこまりました」
失っていた心がようやく蘇ったような気がした。
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