SP7
一週間、二週間、三週間‥
時が経つのは早いもんで、新人二人が入ってきてから既に三週間が経とうとしている。二人は先輩のお陰なのか、初日と比べればだいぶ動きも素速く身軽になってきており、このままいけばあと一週間くらいで俺たちと同じように仕事が出来る筈。
その仕事とやらがまぁ、初めてにしては酷なものだというのは分かっている。まだ桜井にも高見沢にも話していないが、昨日棚瀬から例の件について新しい情報を貰ったのだった。
まずは先輩二人に話しを聞いて貰おうか。
いつものモニターが大量に並べられてある暗い部屋で、二人が来るのを待っていれば、トレーニングの指導を終えた二人がようやく戻ってきた。俺を見つけた高見沢が、「話しってなーに?」と尋ねてくるので、普段棚瀬が座っている椅子から立ち上がっては二人の目の前まで赴く。
ちなみに棚瀬は今食料買い出し中。
「昨日総理の元に直接予告状が届いた」
「あらま」
「なんで?」
「知るか。ただな、その予告状が例のアレに関係してるかもしれんってことだ」
「あぁ~そういうこと」
「で、どんな内容なの?」
総理の元に予告状が届いたというのに呑気な奴らだ。こんなうっすい反応でいいのかよオイ。
「フツーに爆破予告だよ」
「フツーかな」
「まぁフツーだな」
こんな案件慣れすぎている二人にしてはフツーだろう。しかし、今回のこの仕事から吉田と鈴木を入れて進めていきたいと伝えれば、二人も若干真剣な面持ちに変えていく。
「都内のどこかに爆発物を設置するとのことだ。これについてはまた予告状を出すとは書いてあったが、そんなの信用出来るもんじゃねぇから棚瀬に任せる」
「あーそう‥。でもさ、いきなり太郎たちをこんな仕事やらせてもいいのか?ちょっと心配なんだけど‥」
「心配なのも分かるが、いずれはこういった仕事もしなくちゃならん時がくる。練習と思っとけばいい。‥なんだ、自分たちの指導に自信がないのか?」
「いや、そういう訳じゃ‥!正将たちも俺たちの指導してきたこと今まで全部こなしてきてるし、俺たちが何か間違えたことを教えてる訳じゃないんだけど‥ねぇ?」
高見沢が桜井に同意を求めていると、桜井が少々困った顔で「うん‥」と控えめに頷く。
そんなに弱気になってどうした?いつもならもっと、やかましい癖に。
「俺からは以上だ。二人にこの件についてはきちんと伝えておくように」
「今日中?」
「いつでもいいが、なるべく早い方がいいかもな。直前に言われたんじゃ緊張して焦っちまう」
「そうだよねぇ‥。じゃあ、また後で二人には伝えておくよ」
これで話しは終わり‥だが、二人とはこれからまた別の仕事だ。トレーニングの指導した後でいつも悪いとは思うが、やらなきゃいけないこともある。それをサボってては二人の為にもならないので、敢えて仕事を入れている。
疲れてるだろうが文句を言わない辺り、少しは先輩らしくなってきてる‥気がする。気がするだけかもしれんが。
時間を確認すれば19時を過ぎた頃。ま、これなら外も暗いしビルの上駆け回ってもいいくらいか。
「‥よし、行くぞ」
「あいよ」
「ヤバい、お腹すいてきた」
高見沢がそんなことをボヤいてるが、飯食ってる時間はない。なので仕事を優先して貰う。
この建物の屋上まで出てからは、一気に走り出して隣の建物へと飛び移る。身軽な体をピョンピョンと跳ねらせて、そのまま目的の場所まで迷うことなく駆け抜ける。
風を切る音が耳をかすめていく。それと同時にふと空を見上げてみると、雨雲が俺たちの上にウロついているようだ。もしかしたら一雨きそうかもな。
急いで目的地まで行こうとしたが、案の定ポツリポツリと空から水が降ってきた。桜井も気付いたらしく、「うわ、雨だ」と嫌そうな声色で呟くのが聞こえてくる。
‥と思った瞬間から次第に雨の降る勢いが強くなり始めてきた。クソ、通り雨か?
パラパラ降っていたのに、もう既に結構な量が降り出してきやがった。車で行けば良かったなと後悔しつつ、濡れ始める全身はもうどうにもならない。
すると今度は高見沢の声で「最悪だー!髪がヤバいことになる!!」と嘆いていた。
「もういい、一気に駆け抜けるぞ!!」
「おうっ!」
「あ、待って~!髪が濡れると重たくて‥!」
「だから切れって何度も言ってるだろが!?お前のその髪鬱陶しいんだよ!」
「は~?うるせーよ、俺だってここまで伸ばすのに苦労したんだからな!?」
「なんでそこまで伸ばすんだよ、バカじゃねーの!」
「んだとこの野郎~!お前なんてハゲろ!!」
「ハゲねーよ!」
後ろでまーたいつもの言い合いを始めたので、俺は宙に浮いてるもののクルッと体の向きを変えては後について来た二人目掛けて顔面に拳を喰らわせると、桜井も高見沢も「ふがっ!?」とか変な声を出して顔を押さえていた。
再び体の向きを前に戻すも、後ろから「坂崎テメェいきなりなんだよ!?」などと文句を言ってくるが、お前らがうるせーからだろ。
返事もしないで進んでいれば、桜井がわざわざ俺の横についてくる。なんだよ、という意味合いも込めてギロっと睨み付けてみるが相手は怯むことなく「顔面殴るかフツー!?」とまだ言ってくる。
そして高見沢も俺の横までやってこれば、「お前の軽くは軽くねーんだからもっと手加減しろよな!」なんて文句を垂れてるが、んなもん知るか。
「じゃあ、もっと手加減したら遠慮な~く殴っていいってことだな?そういうことだろ?」
「ち、違う!そういう話しじゃ‥」
「今度からはもうちっと手加減するわ。ごめんな、今までフツーの力で殴ってて」
「違う違う違う違う!!だからそういうことじゃないって言ってるじゃんかさ!?」
「おい高見沢!おめーが変なこと言うからこうなっちまうんだろうが!?」
「今のは坂崎が悪い!!分かっててこういうこと言ってくるんだもん!」
「お前らまた‥」
殴られたいのか?と口にしようとした時だった。
突然無線で棚瀬が「坂さん、桜井さん、高見沢さん、周囲に気をつけて下さいっ!!」と伝えてくる。なんだっ?目的地はここら辺じゃない筈だが‥
二人もふざけていた態度から急に仕事モードの顔付きになり、棚瀬の言った通り周りをキョロキョロしている。しかしこの雨じゃ見辛いな。つーか棚瀬もう戻ってたのか。
「どうした棚瀬、なんかあったか?」
「坂さんたちが今いる場所ら辺で、あの三つの影を見かけたんです!リアルタイムで監視カメラの映像をチェックしていたら、その付近のカメラで捉えたもんですから‥」
「まだ居るか!?」
「いえ、分かりません。それぞれのカメラを一瞬ずつチェックしていただけなんで、そのカメラの映像を観てはあれ?と思って、前の画面に戻したんですけど既に映っていなくて‥」
「くそ、逃げられたかっ!」
一旦ビルの屋上で立ち止まり、俺も辺りを見回してみせるが怪しい三つの影は見当たらない。‥どこだ、どこに居る!
本来の目的を忘れかけていたが、もうこれ以上ここに居ても無駄足か?高見沢が双眼鏡を使って遠くの方までチェックしているし、桜井も周囲に警戒しながら様子を窺ってみるも、特にこれといったものはなし。
ザアアァという雨音だけが響いているので、コレのせいで僅かな音も感知しにくい。それに、眼鏡に水滴が付きまくっているのがウザい。マスクも水を含み始めてベタついて気持ち悪いしで、もう眼鏡もマスクも取るか。
チャッと眼鏡とマスクを外してみせるが、あんまりこういう時に眼鏡外したくないんだよな‥。でも逆に眼鏡あると見えにくいしで‥
桜井もサングラスを頭の上に移動させており、夜の闇を裸の瞳で睨み付けていた。
高見沢も双眼鏡についた水滴を手で拭き取りつつ、「ダメだ、どこにもそんな影は見当たらない」と呟く。やっぱ今日はムリか‥
と、思った次の瞬間だった。
黒い影がバッと隣のビルから突然現れ出し、俺たちの居る方を窺っている。
それを見ていた俺たちは、言葉をかけ合わなくても一気に隣のビルまで飛び移ってみせたが、影が逃げ出していく。待てよ、逃げるんじゃねーよ!!
しかし、隣のビルに居たというのに全く気付かなかった。迂闊だった‥クソッ。
「桜井は右から、高見沢は左から回れ!!」
「あいよっ!」
「りょーかい!」
二手に分かれさせ、俺は真っ直ぐ影を追う。追い詰めてやる!このままお前らを取り逃がしてたまるもんか!!
全力でビルからビルへ、建物から建物へと飛び移っては影を追いかけるが‥やはり速い!この俺が追いつけないとはな。だが距離は少しずつ縮まって‥‥
「うわっ!?」
見失わないように前だけを見ていたせいか、次に飛び移った建物の素材が雨で滑りやすくなっていたのを見逃してしまっていた。
そのせいで足元からツルッと思いっきり滑ってしまい、体を持ち直すことも出来ずにドシャアァッと勢いよく転げ回ってしまったのだった。しかも雨とこの建物の素材が滑りやすいせいか、体を上手く止めることも出来ないままガシャァン!!と柵にぶつかってしまった。
それを見ていた二人が「坂崎っ!?」と名前を呼び、どんどんと遠くなる影を追いかけるのを諦めて、俺の元へと駆けつけてくれたはいいが‥
「くっそ‥、いてぇ‥!」
シュタッと俺が居る建物へとやって来た二人だったが、地面に足を着けた瞬間桜井は「うぉわっ!?」と驚きながらもなんとか体勢を崩しはしなかったが、案の定高見沢は思いっきりコケていた。
「いっっ‥てえええぇぇ!?!?」
「な、なんだこの建物!なんでここだけこんな滑りやすい素材にしたんだよ!?」
「知るか‥。ハァ‥悪りぃ、今回は俺のせいだ‥」
「いや、しょうがねーよコレばっかりは」
桜井がフォローを入れてくれる。それに、まだ立ち上がれていなかった俺を見て手を貸してくれた。
高見沢はのたうち回っている。
「しっかし豪快にコケたもんだなぁ。何もないとこでいきなりあんな派手に転ぶんだもん、ビックリしたっつーの」
「見ていなかった俺も悪いからな‥」
「けどこの雨じゃあねぇ‥。前も見辛いし、今のお前眼鏡してねーもん」
「かけとけば良かったわ‥」
「もう後悔しても遅い。‥一旦戻るか。こんなびしょ濡れじゃ仕事も捗らないだろうし、第一高見沢がそんな状態じゃねーし」
「俺より派手にコケやがったからな」
という訳で、今日はここで終わり。やる筈だった仕事はまた後日に引き伸ばされた。
俺と桜井は、高見沢を抱えながらサッサと戻って行く。
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